人には見えないものが、私には見えた
人には聞こえないものが、私には聞こえた

ただそれだけ、本当にただそれだけだったのに





君が死んだとき





世間という代物は、私にとって冷たい真冬の海と同じだ。道行く誰もが私を冷たい目で見て、冷たい声で罵倒し、消えてしまえと私にむかって怒鳴りつける。その声を聞きたくなくて、その冷たさに浸かりたくなくて、私は必死で其処から逃げようともがいている。いくら逃げたって人との関わりを断つことはできないし、あの冷たい処遇から逃げられることはない。そんなこととうの昔に気づいていて、だから私は世界を拒絶して生きる術を身につけた。
できるだけ誰とも話さない、沈黙を守って気配を消して、あたかもそこには存在しない人間のように振る舞って。そうして、ずっと自分自身を消して生きてきた。辛いとは思わなかった。悲しいとも思わなかった。それが必要なのだから仕方がないと、そう割り切って生きてきたつもりだったのに。



いつだっただろう。
私の事を理解してくれていた祖母に尋ねたのは。


「どうして私はこんなものが見えるの?神様は、私が嫌いなの?」


嫌われているからこんな力を持たされたのか。それとも、これは神様さえもが忌み嫌った力で、だからそれを持つ私も嫌われているのだろうか。
祖母はゆっくりと首を振って、あやすように私に言い聞かせた。神様は決してあなたを嫌っているのではないと。むしろ大好きで大好きで、幸せになってほしいからその力を与えてくれたのだと。


嘘だ。
そんなの絶対に嘘だ。


神様が私を好いているというのなら、どうして私をこんな目に合わせるのだろう。神様がくれたこの力はいつも私を不幸せにした。良い事なんて一つもなくて、いつも辛いことばかりだった。
神様、神様。聞こえていますか。あなたの愛した人の子は、とてもとても不幸なのです。どうして私をこんな目に合わせるのですか?
一人ぼっちの暗闇の中で、他の誰にも見えない薄ぼんやりとした存在の、俗にいう幽霊たちと一生を終えるのだと思っていた。孤独なままここで死んでゆくのだと、そう思っていた。
光が射したのは一瞬で、けれどもそれはとても強い光だった。


「君も、あれが見えるの?」


そう言って周りにいる幽霊たちを指差した彼は、ひどく綺麗な瞳で私を見ていた。ふわふわとした群青色の髪が彼を神秘的に見せていて、思わず目を奪われてしまった。


「え?」
「幽霊たちの事だよ。君も見えるんだろう?」
「あなたも、見えるの?」


見えるよ、と事もなげに頷いた彼は座り込んでいた私に手を差し伸べた。暗闇に光が差し込んで、私はその眩しさに目を細めた。そっと掴んだ手はとても力強くて、私は思わず涙を零していた。


「どうして泣くの」
「だって……ずっと一人だったから」
「一人?だって、たくさんいるじゃないか」
「あれは私とは喋ってくれないよ」
「あぁ、そうか。君は人の子だからだね」
「あなたは、違うの?」
「うん、俺は神の子だよ」
「神の子?」


私だけを愛さなかった神様の子供。そう思うと彼の光がひどく汚らわしいもののように思えて、思わずその手を振り払った。
振り払われた彼はそれを気にした様子もなく、不思議そうな表情で私を見つめている。


「どうしたの」
「どうして、神様は私を愛さないの?」
「どうしてって……そんなの俺は知らないよ」
「でも、あなたは神の子なんでしょう?」
「俺は神の子だけど、神様じゃないからね」


だから知らないと彼は言って、私の手を掴みなおす。当たり前のようにその手を引きながら、彼は傍にいる幽霊たちににこにこと笑みを振りまいていた。
時折彼が言葉をかければ、幽霊たちも返事を返す。私と幽霊たちとの間にはない関係を見て、ほんの少しだけ寂しかった。


「どうして、私にはこんな力があるの?」
「君、さっきから質問ばっかりだね」
「だって、今まで誰にも聞けなかったから」
「うーん……よくはわからないけど、君がその力を持っていたから、俺は君に出会えたんだよ」
「どうして?」
「その力はね、俺のいた世界からでもよく見えた。だからそれが目印になって、俺は君と出会えたんだよ」
「この力のおかげ?」


幼い頃から私を苦しめ、ずっと捨てたいと願っていたこの力のおかげで彼と出会えたというのか。私を孤独にした力のおかげで、苦しみから解放されたというのか。そんなの、理不尽だ。


「神様はね、君の事を愛していないよ」
「わからないんじゃなかったの?」
「神様の考えることなんて俺には分からないけど、それは確かだ。だって、神様は人間なんて愛さないから」
「……嘘」
「本当。だから、神の子である俺も人間なんて愛さない」
「………じゃあ。じゃあ、私はまた一人?」
「大丈夫だよ。だって、君のことは俺が愛すんだから」


咄嗟に返事を返せなかった。神様が人を愛さないら、神の子だって愛さないんじゃないんだろうか。奇妙な矛盾がそこにあって、私はおもわず眉をひそめた。馬鹿にされているような、そんな気がしたのだ。


「私のこと、からかってるの?」
「ああ、ごめん、言葉が悪かったね。君がその力を持っているから、俺は君を愛するんだ。他の人はそんな力持っていなかっただろう?君はね、人じゃないんだよ」
「人じゃ、ない?」
「そう。俺とおなじ神様の眷属」
「だから、幽霊が見えるの?」
「そのとおり。だから、その力を目印に俺は君のところに来たんだ。迎えに来たんだよ」
「何処に行くの?」
「決まってるじゃないか、本来君がいるべき処に帰るんだ」
「其処は、一人じゃない?」
「俺がいるよ。一人じゃない。どうする、行きたくないなら構わないよ?」
「行く!」
「じゃあ、行こうか」


本来生きるべきところではなかったから、この世界は私に冷たかった。ならば、ちゃんと本来の場所に戻れば、私も幸せになれるだろうか。
繋がれた手に力をこめて、群青色の彼を見つめていた。彼が私を愛するというのなら、私も彼を愛そう。私のすべてを奪って、私にすべてを与えてくれる彼だけを。

眩しい光の中で目を閉ざした。手の感覚だけを頼りに足を進める。じわじわと弱まる光を感じて目を開く。
目の前ににっこりと微笑む彼の顔があって、その唇が動いた。


「おかえり」





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