審判のコールが響き、世界のすべてが動きを止めた。
けれどそれは一瞬で、次の瞬間には怒涛のような歓声が湧き上がる。
その中に少なからず含まれている落胆の声が、ひどく痛かった。
何故だか動くことができず、呆然と試合相手を見つめていると、急に肩を掴まれた。


「幸村、大丈夫か?」


衝撃で手を離れたラケットが、甲高い音をたててコートを転がっていく。それを反射的に目で追いながら、ゆっくりと振り返った。


「真田、ごめん。俺……」
「何も言わなくていい。お前のせいではないのだから」
「………うん」
「次がある。だから、気にするな」
「………」


返す言葉が見つからず、その手から逃げるようにふらふらとベンチの方へ歩き出した。
泣きそうな顔をしている赤也や、それを慰めているジャッカル。泣かないように俯いている丸井と、それを悲しげに見ている柳生。何を考えているのかわからない仁王と、いつもの表情を崩していない蓮二。

そして。
真っ青な顔で俺を見つめている、彼女がそこにいた。


「幸村君、お疲れ様でした」
「プリ」
「ぶ、ぶちょ……おれ、たちの、せい、でっ………」
「赤也、無理に喋んなよ」
「天才的だったぜ、幸村君」
「見事な試合だった、精市。……次、頑張ろう」


慰め、というよりは次を願っているという意味合いの強い言葉たち。
それが放たれるたびに青ざめていく彼女の顔。

ひきつらないように笑うのが精一杯だった。
足が震えて、まるで雲の上でも歩いているみたいに現実の実感がなくて。
意識しないうちに涙が零れ落ちていた。


「精市!」


耐えられない、というように叫び声をあげて駆け寄ってきた彼女は、人目もはばからずに俺に抱きつく。
真田が後ろで何事かを怒鳴っていたけれど、俺も彼女も気にしなかった。

当事者である俺のほかに、真実を知っているのは彼女だけ。
あとの仲間には、何一つ教えていない。ずっと隠し通してきた。


「ごめんね……結局、三連覇はできなかったよ」
「いいんだよ、そんなのっ……!そんなことより、精市が……!」
「俺は………」


成功率が限りなく低い、俺の壊れた体を治すための手術。
けれどもそれは、治癒のためのものではなかった。
壊れたところを完全に治すことなんてできない、その場凌ぎのつぎはぎでしかなかったのだ。


手術を受けても、一年は持たない。
手術を受けなければ、一週間も持たない。


提示された俺の制限時間。
そんな不完全な手術に踏み切ったのは、一年あれば全国大会に出られると思ったから。
成功してリハビリをすればテニスもできるようになると聞いて、さらにその意識は高まった。

俺にはもう、次なんてものはないのだ。
あと一年もすれば、この世からいなくなるのだから。


「ごめんね……ごめんね…………」
「どうして君が謝るの?君が悪いわけじゃないよ。これが……俺の運命なんだ」
「そんなの、ひどすぎるっ……」


泣きじゃくる華奢な肩に手を置いて、そっと抱きしめた。
どこか遠くで誰かの声が響いている。慰めと、未来への希望と、好奇心に充ち溢れた声。
その全てが夢の世界の出来事のようで、ならばいっそ、この現実全てが夢だったならと、そんな事を考えた。

無性に眠りたくなって、ゆっくりと目を閉じる。
腕の中の小さなぬくもりと、彼女の声が俺を眠りへと誘ってゆく。

願わくば。
そう、どうか願わくば。




メランコリック・ララバイ

(どうか、君の声で眠らせて)





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