仁王雅治は女たらしだという噂がまことしやかに広がっている。それを流したのは多分仁王くんに告白してふられたたくさんの女の子の中の誰かで、それを信じて広めたのもその女の子たちだ。
仁王くんという人間の事をよく知っている人ならそれを信じることはないだろう。だって、仁王くんはそんな事ができる性格をしていない。
そんな噂を信じて仁王くんの事を最低な人間だと落としめるのは、仁王くんの事をよく知りもしないくせに知ったかぶっている馬鹿な女子たちだ。
でもきっと、仁王くんからすれば私もその馬鹿な女子の一人くらいにしか思われてないんだろうな。


「丸井のブンちゃん」
「なんだよ、その呼び方」
「気分的なもの。そんなことよりもさ、仁王くん知らない?」
「仁王?あー、あいつまた呼び出しくらってたぜ。確か隣のクラスの……誰だったかな」
「ああ、そうなの」


まただ。また仁王くんは女の子に呼び出されて、告白されて、そしてまた首を振るんだろう。無碍にするわけではなく申し訳なさそうな顔をして、ゆっくりとでもはっきりと首を横に振って、女の子の申し出を断るんだ。
その女の子は仁王くんを怨むだろうか。彼女がいる訳ではないのに誰の告白も受けようとしない仁王くんの事を、悪く言うのだろうか。


「んで、何でお前はそんなこと聞くんだよ?」
「……可哀想だな、と思って」
「女が?」
「ううん、仁王くんが」


そう言うと、丸井のブンちゃんは困ったような顔をして明らかに校則違反の頭をぐしゃぐしゃに引っかき回した。


「お前、仁王が好きなのかよ?」
「そうかもね」
「他の女みたいに告るっていう選択肢はないのか?」
「しないよ」


だって、だって。仁王くんに告白したら、仁王くんが苦しむことになってしまうから。叶いもしない悲しい恋を押し付けるために、私はこの気持ちを抱えているわけじゃない。
その考えを口にしたことはないし、これから先することもないだろう。この想いを告げる時が来ないのと同じように、私の自己完結している思考も表に出ることはない。
丸井のブンちゃんは何かを尋ねようとするみたいに口を開きかけて、その瞬間授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。
教室を見回せば、仁王くんはまだ帰ってきていなくて、次の時間サボるんだろうなと予想がついた。


「私、サボるね」
「おー、どうぞご自由に」


何も聞かないまま送り出してくれる丸井のブンちゃんに感謝しながら手を振って、先生が来ないうちに教室を抜け出す。しん、と静まり返った廊下をゆっくりと進んで、たぶん仁王くんがいるであろう屋上に向かった。
屋上に出る前に扉の向こう側の気配を確認した。まだ女の子がいたりしたら気まずいし、もし修羅場二なっちゃってたりしたら嫌だし。
でも、屋上からは誰の気配もしなくて、もちろん修羅場になっている感じもなかった。
そろりと扉を押し開くと、少し強めの風が私の髪を揺らす。それを視界の隅に納めながら屋上を見回すと、一番奥の方のフェンスによりかかるようにして長身の影が見えた。


「真砂さん、こんな所で何しとんの」
「それ、私のセリフでもあるよね」
「俺がサボるのは日常茶飯事じゃろ。今さら何しとんもなかよ」
「言われてみれば、それもそうだね」


軽く言葉を交わしながら仁王くんに近づいて、少し離れた所でフェンスによりかかる。仁王くんの真似をして空を見上げると、視界いっぱいに青空が広がった。
授業を堂々とサボるのはこれが二回目で、いつも一人でサボっているんだろう仁王くんは寂しくないのだろうかとぼんやり思った。


「仁王くん」
「なんじゃ?」
「ここ、寂しくない?」
「寂しい時もあるのぅ。じゃけど、俺は一人が好きじゃけん」
「そっか」


白い雲が流れていく。風が強いから、どんどんどんどん流れて、山の向こうに消えて行った。
あの雲はどこに向かうんだろう。どこまで行って、そしてどこに帰るんだろう。


「私ね、仁王くんが女たらしだなんて思ってないよ」
「さよか」
「だって、仁王くん優しいからそんなことできないもんね」
「……何を言うとんじゃ。俺なんかが優しいわけ────」
「女の子を振った後、いつも屋上で後悔してるでしょ。振る時だって、傷つけないように苦労してるんでしょ?」


初めて授業をサボった時、泣きそうな顔で女の子に謝っていた仁王くんを見た。告白を拒否されて泣きだしてしまった女の子をどうすればいいのか分からずに、途方にくれていた姿を見た。
仁王くんは優しい。今はテニス一筋だから誰とも付き合う気がなくて、だからみんなを断り続けて。そのせいで立った噂に何を言うわけでもなく、それでも止まない告白の嵐にただただ耐え続けていた。
断るたびに何を思っていたんだろう。泣いてしまった女の子を慰めることもできずに、何を考えていたんだろう。


「俺は優しくなんかない。告白してくれる子は泣かすし、慰めもせんし、悲しまれても何もできんし……」
「うん」
「俺は馬鹿なんじゃ。人を傷つけることしかできん、大バカなんじゃ……!」
「……大丈夫だよ」


私はちゃんと知ってるから。仁王くんが悲しんでる事知ってるから。だから、大丈夫だよ。泣いても良いんだよ。
子どものように座りこんで震え始めた背中を見つめて、彼の頬を流れているだろう涙を思って、それを止められない自分を無力だと思った。
彼の涙がいつか止まってくれれば良い。雨が降った後虹が出るように、彼が笑える時が来れば良い。
私と同じように自己完結した考えの中で生きている仁王くんの思考が、誰かに受け入れられて欲しいなんて願う私は我儘なんだろうか。
その答えも仁王くんの涙の行方も、流れていく雲の行き先と同じくらい分からないままだった。





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