足に触れる違和感に気付いたのは、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた通勤ラッシュの電車に乗ってから数分経ってからだった。
最初は偶然だと思っていた。これだけ混雑しているのだから多少なり手が当たっても仕方がないと。
けれども、幾度となく触れてくる生ぬるい感触は、いつしかはっきりと私の足元をまさぐるようになっていて。

痴漢だ、と思った時にはもうどうにもできない状況まで追い込まれていた。
声をあげて抵抗するのが一番いいのだろうけれど、そんなの恥ずかしいし、何よりも怖い。
ぐいぐいと突き付けるように足に触れてくる手は私のものなんかよりもすごく大きくて、その感触が何よりも怖かった。

身動きの取れないもどかしさを感じつつ、腕をよじらせて伸ばす。足に触れている手を掴もうと手探りをすると、逆にその手をぎゅっと掴まれた。
思わず小さな声をあげてしまって、一瞬で全身に鳥肌が立つ。じっとりと湿った、気持ちの悪い手だった。

やめてと心の中で何度も叫び、それを口に出そうとするのに、硬直してしまった身体はいうことを聞いてくれない。
震える手に気付いたのか、痴漢の手は徐々に大胆になっていき、いつの間にかスカートの内側にまで侵入するまでになっていた。
嫌悪感から吐き気がこみ上げ、とにかく掴まれている手を振りほどこうと力を込める。

その途端、ぬるりとしたものが耳に触れた。


「ひっ!」
「大人しくしてなきゃ、駄目だよ?」


低い、微かに息の切れた熱っぽい声。耳に触れたのは、痴漢の舌か。
痙攣した身体をあざ笑うかのように、痴漢は私の下半身を撫でまわす。掴まれている手もそのままで、私以上の力を持つ痴漢の手から逃れられそうになかった。


「や、めて………」
「いいじゃないか。君、立海の子だろう? この制服、可愛いね」
「やっ……離し、て!」


泣きの混じってしまいそうな声を上げ、どうにか痴漢から逃れようともがく。
その瞬間、痴漢の手が下着にかけられた。耳元で低い声が囁く。


「良いのかい? こんな所でどうなっても」
「………っ」


動きを止めた私の背後で痴漢が満足そうに頷き、ぬるりと手を伸ばしてくる。
きつく目を閉じて俯き、なるべくその感触を感じないようにと意識を飛ばした。

痴漢が何かを耳元で囁いている。それを聞きたくなくて、顔を振ろうとして。
その瞬間、急に痴漢が大きな声を上げた。


「痛い痛い! 何するんだ!」
「それはこっちのセリフですね。女子中学生相手に、何をやっているんですか?」
「何だ、お前は!」
「俺は………」


肩に乗せられた手に引き寄せられ、誰のものかもわからない大きな身体に包み込まれる。
花のような、甘い香りがした。


「この子の彼氏です。……で、この子に何してたんですか?」
「わっ、私は別に………」
「俺としてはここでばらしても良いんですよ?」
「悪かった、悪かったよ!」


私を抱きしめている誰かが脅すように声を低めると、痴漢は慌てたように叫んで、満員電車の中を逃げるように走り去った。
その後ろ姿を見送って、息をつく。がくりと膝から力が抜けて、そのまま座り込みそうになった。


「大丈夫?」
「は、い………」


そういえば、これは一体誰なんだろう?
慌てて顔を上げると、そこには学校中の超有名人のとてもとても綺麗な顔があった。


「幸村君…ですよね?」
「そうだよ。痴漢にあうなんて、災難だったね」
「いえ…あの、助けてくれてありがとうございます」
「当たり前のことをしただけだよ。君が無事でよかった。もうそろそろ電車もつくし、あいつはもう来ないだろうし……一人でも大丈夫?」
「はい、大丈夫です。本当にありがとうございました」


ぺこりと頭を下げると、綺麗な顔で幸村君は微笑み、人の間をすり抜けてどこかへ消えていった。
それを見送って、小さく息をつく。ひどく胸が熱くて、少しだけ痛い。
立ち去ってしまった彼の熱を宿している肩を握りしめ、零れた涙を拭うと、駅が目的地に到着するアナウンスが流れ始めた。





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