誰かの泣き声が聞こえた。
遠くから響いてくるようで、それでいてすぐ傍から聞こえているようで。どちらともつかないその距離は俺をひどく不安にさせる。
聞いたことのある声のような気がしたけれど、それが誰のものだったかは分からない。
どんなに考えても、分からないままだった。





世界が反転したような急降下を味わって目を開くと、真っ暗な部屋が目に飛び込んできた。
どうしてこんな時間に起きてしまったのだろうか。いつもは朝になるまで一度も目を覚まさないのに。
勉学に部活、そして電車を乗り継いでの登下校。その全てを一挙に背負う身体は常に軽い疲労感に苛まれている。
だからこそ、いつもは夜明けまでぐっすりと眠れるのに。

未だ目のさめきらない頭でぼんやりとそんな事を考えて、やっと枕元の携帯が震えていることに気づいた。
目が覚める前からずっと、そしてぼんやりしているこの時まで。その長さを考えると、確実に着電だ。
のろのろと手を伸ばし、半ば閉じかける目と格闘しながら電話に出る。


「もしもし……?」


こんな真夜中に何を考えているんだ、とか、今何時だと思ってるんだ馬鹿野郎、くらいの言葉を吐き捨てるつもりだったけれど、電話の相手の声を聞いた瞬間全てが吹っ飛んだ。


「精市……?」
「……何で泣いてるんだよ」
「電話っ、出てくれなく、て………怖くて………」
「こんな夜中なんだから、寝てるに決まってるだろ」


ため息交じりにそう呟いて、一気に覚醒した目をこすりながら身を起こす。
泣きじゃくる彼女の声は震えていて、きっと怖い夢でも見たんだろうと予想をつけた。


「ごめっ……ごめん、ね…………」
「気にしなくて良いよ。で、どうしたの?」
「夢を、見たの……」


あぁ、やっぱり。
そんな乾いた感想しか浮かんでこない。


「どんな夢?」
「精市がいるの……でも、どんなに精市に声をかけても、こっちを見てくれないの………。手を掴んでも振り払われるの。精市が、私を見てくれないっ……!」
「………馬鹿だなぁ」
「……え?」
「お前さ、俺がそんなことすると思ってるの?」
「思って……ない、けど」


少し妙な間が開いたことが気になるものの、おおむね満足できる答えだ。これで思ってるなんて言われた日には、とりあえず別れを宣告してやろうかと思う。
俺を信用しない女を信用してやる義理はない。人の心の中を読める人間なんていないから、その答えだって曖昧なものだけれど。

少なくとも、こいつは俺に嘘をつげるような人間じゃない。


「じゃあ何が不安なんだよ。俺はお前の事を無視したりしない。それが分かってるなら、怖くないだろ?」
「……うん」
「明日学校に行ったら、気が済むまで傍にいてやるから……もう泣くな」
「うん!」


本当は今から傍にかけつけて、ずっとずっと抱き締めてやりたい。でも、そんな事ができるわけもなくて。
まぁ明日(というか今日)の学校なんて数時間後なんだから寝ていればすぐだ。朝一番で教室に向かえば、こいつもきっと来ているだろう。話ならそこでいくらでもできる。


「じゃあ、切るよ。またあとで」
「うん……あの、精市」
「なに?」
「ごめんね」
「………本当、お前って馬鹿だよな」


返事が返ってくる前に電話を切り、くつくつと笑う。
明日、彼女はどんな顔をしているだろうか。泣いているか、笑っているか、怒っているか。
正解がどれなのか、会うのがとても楽しみだ。





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