全てが消えてしまった

手の中に合ったものも、これから掴むはずだったものも

何もかもが、どこかへと





君を縛る僕の声





闇。
腕を上げてもそれすら見えないような、深く濃い闇。
その中で私は、たった一人存在している。己の身体をかき抱き、全てが消えてしまわないように願いながら、ただ息を殺している。
猫のような、闇を見透かす目が欲しい。そうすれば、この闇の向こうを見て、逃げられたかもしれないのに。
両手両足を縛りつける、冷たく思い手錠から。

一体どれくらいの時間ここにいるのだろう。
日が差さないこの部屋では、朝も昼も何もない。眠くなれば眠り、起きたい時に起きる。運ばれてくる食事を食べて、そうしてぼんやりと意識を飛ばす。
これからずっとこの生活が続くのだろうか。ずっと、ずっと。私が、死ぬまで。

ふいに小さな音がどこからか響き、ゆっくりと近づいて来ていた。
それを聞きながら微かに身を揺らして手錠から延びる鎖を揺らすと、かしゃんと冷たい音を立てる。
足音は徐々に大きくなり、そしてふいに聞こえなくなった。一拍の間隙と、差し込んできた目を射る光。
目を閉じていてもそれは私の目を焼き、じりじりと瞳を炙る。


「起きてるかな?食事の時間だよ」
「………」


うっすらと笑みを浮かべた彼は、いつものようにお盆を両手に抱えていた。
私と捕らえた時となんら変わらないその表情が、今は何よりも恐ろしい。


そう、私は覚えている。
彼に捕えられ、両手両足の手枷をかけられ、こうして暗闇の中に放り込まれたという事を。
どんなに泣いても、叫んでも、暴れても、彼は微笑みながら私を見ているだけだった。
友に、父に、母に、誰かに合わせてくれと頼んでも、彼は黙って首を振るだけだった。
望む事を諦めてしまった今ではもう、誰かに会いたいとも、ここから出たいとも思わないけれど。


「はい、ここに置くね。前の食器はどこかな。………あぁ、見つけた」


彼は一人で次々と声を上げながら、全開の食事の食器を集めていく。
暗闇の中で食事をするせいで、私は食器を辺りに放り出してしまっているらしい。光に照らされるとそれがよく分かった。
彼は手慣れた様子でそれを集めると、お盆の上に並べていく。
全ての作業を終えた彼は、ゆっくりと私の傍に近づいてきた。
恐怖が心の中に湧き上がり、私はのろのろと彼から遠ざかろうともがく。


「どうして逃げるの?ほら、俺だよ。君が愛してくれた、幸村だ」
「………ち、がう」
「何が違うの?また暴れたんだね。手に傷がついているよ」


彼の舌が艶やかに伸び、私の手首から滴る血を舐めとった。
それから逃れようともがきながら、私は泣きたいほどの恥辱に満たされる。

違う、違う。
私の愛した人はあなたじゃない。私が愛したのは、あの時愛していたのは、あの人だったのに!


「ほら、綺麗になった。これで大丈夫だよ。また食事を持ってくるから、その時まで大人しくしていて」
「………」
「安心してね。あの男にはもうすぐ消えてもらうから」
「…やっ……!」


否定の言葉を紡ぐ前に閉じられた扉。
また沈黙と暗黒が戻ってきた部屋で、私は一人すすり泣く。
彼が殺されてしまう。私が彼を愛してしまったばかりに。
涙が落ちる音さえも大きく響くこの部屋では、絶望の声さえ上げられない。それを上げてしまえば最後、私は狂ってしまうだろうから。

いつかこの部屋から出られるだろうか。
彼から逃げられる日が来るのだろうか。
希望など一欠片もない未来を予想し、私は黙って涙を落した。





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