照りつける日差し。飛び交うボールと響く声。
いつも通りの部活風景に囲まれて、俺は今までになく苛々した心を抑え込んでいる。
ちりちりと喉を焼くような不快感が胸の奥に蟠り、どうしてもそれを消す事が出来ない。
苛立ちを表に出さないようにするのも簡単なことではなく、俺はそれを押し隠すためにしょっちゅう深呼吸を繰り返していた。
そんなもので怒りが消えるわけもなく、むしろ不快感は増幅していくばかり。

一体、今日の部活だけで何度ため息をついたのだろう。
そんな事を思いながらコートを眺めていると、ふいに声をかけられた。


「どうした、精市。いつになく苛々しているようだが」
「……何で分かるのさ、蓮二」
「隠しているつもりなのはお前だけだ。見ろ、部員たちはお前に怯えているぞ」


言われて辺りを見回してみれば、目が合った端からぎこちなく逸らされた。
どうやら蓮二の言う通り、俺の怒りは辺りに漏れてしまっているらしい。


「……そうみたいだね」
「気づいてくれて何よりだ。何かあったのか?」
「大したことじゃないよ。テニスには関係がない」
「仲睦まじい彼女と喧嘩をした確率89%」
「………分かってるなら聞かなくてもいいだろ」
「一応聞くのが礼儀かと思ってな。ちなみに、俺のデータに喧嘩の原因は無いぞ」
「聞きたいんだろ?」
「そうとも言うな」


そうとしか言わないだろ、と呟いてもう一度ため息をつく。
話しにくいことを察してくれるのは彼の美点だけれど、何でも知りたがるのは数少ない汚点の一つだ。


「実はね」
「ああ」
「覚えてないんだ」
「……なんだと?」
「始まりは些細なことだったはずなんだけど、そこから不満のぶつけあいになっちゃって。だから、一体何が原因なのか分からない」
「それは……謝りようがないな」
「だろ?だから困ってるんだ。謝りたいのに、何を謝ればいいのか分からない」


嘘のような本当の話とはこの事だ。
喧嘩の原因を忘れて、謝れなくなってしまうなんて。
今さら何が原因だったっけ、と彼女に尋ねる訳にもいかない。
そんな事をしたら逆に怒りを増幅させる結果になってしまうだろう。


「頑張って思い出すしかないな」
「それができたら苦労しないよ。だからずっと苛々してるんだ」
「理由は分かった。だが、怒りの雰囲気を辺りに振りまくのはやめろ。部員全員が怯えては、部活にならないだろう」
「分かった、気をつけるよ」


そう答えると、蓮二は満足そうに頷いてコートに向かって行った。
その後ろ姿を見送りながら、きっと彼の願いは叶えられないだろうなと予想してみる。


その予想通り苛々がおさまることはなく、結果として部活は散々なものになった。







月明かりに照らされる携帯のディスプレイには彼女の名前が大きく表示されている。
電話をかけるのも、メールをするのも簡単だ。
けれど、その内容はどうすればいいのだろう。
部活をそっちのけで考え続けてみたけれど、やはり忘れてしまった記憶は戻ってこない。
苛々はますます募って、些細な事にも怒りが爆発しそうになってしまう。


「……些細な事、だったんだけどな」


それだけは確かだ。
本当に些細な、忘れてしまうくらいちっぽけな事だったはずだ。
でなければ、忘れてしまうはずがない。
それを思い出さないまま、ただごめんと謝ることもできるけれど、それはずるいような気がして罪悪感が湧く。
かといって、彼女と喧嘩をしたまま時間を無駄にするのも嫌だ。

謝りたい。
謝れない。

ゆらゆらと揺れる気持ちの挟間で、俺はまたため息をついた。
無意識のうちに打ち慣れたボタンを操作し、彼女に向けてのメールを作成する。
本文に何を打てばいいのかだけが決まらずに、メール作成画面と睨み合った。
彼女は今、どんな気持ちで過ごしているのだろう。
喧嘩した事を気にやみながら、俺と同じように携帯を睨んでいるだろうか。
それとも、そんな事は少しも気にせず、いつもと同じ生活をしているだろうか。
携帯の明かりが暗くなり、その度に適当にボタンを押して明るくする。
暗闇に浮かび上がる彼女の名前は、いつもと同じだけの存在感を俺に押し付けていた。


「仕方無い、な」


小さく呟いて、メールの送信ボタンを押す。
結局、メールの本文は空白のままだ。
何を打てばいいのか分からないのだから、何も打たないまま送ってしまうのが一番妥当な選択だろう。
彼女は俺からのメールを見て、空白の本文を見て、何を思うだろうか。呆れか、それとも新たな怒りか。
呆れて笑ってくれればそれで良い。怒ったならば俺の事を怒鳴りつけて欲しい。
どちらでも良いから、彼女と話すきっかけが欲しかった。

目を閉じて携帯を握りしめていると、唐突にそれが震えだす。
掌を開いてみてみると、着信の表示と彼女の名前が目に飛び込んできた。
微かに笑って、電話に出るために携帯を開く。
彼女からの第一声に、一体何が飛び出してくるだろうか。


「もしもし?」




(何、あのメール)
(ふふ……内緒だよ)




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