身体がすごくふわふわする。まるで空を飛んでいるかのようで、その感覚はとても気持ちが良い。どこまでもどこまでも飛んでいけそうな、そんな変な感じ。
多分、こういうのを夢見心地って言うんだと思う。最初の頃はあまりにも無気力な自分が怖かったけれど、精市と体を重ねる度にこの感覚はやってきて、だからもう慣れてしまった。気持ち悪いわけじゃないから、別に構わない。
情事後の部屋の雰囲気はどこか殺伐としていて、私も精市もベッドの上で何をするわけでもなく寄り添っている。ふと視線をずらすと、私と同じくらい白い精市の肌がちらちらと視界の隅をよぎった。降りたての雪のように白いその肌を見つめていると、その全てを所有してしまいたい衝動に駆られた。


「せい、いち」
「どうしたの?」


すぐ傍にある身体に手を伸ばして、その細い首に抱きついて。精市は驚いたように身をすくませたけれど、すぐにその手で抱きしめ返してくれた。
目の前に広がる白い白い首筋と鎖骨の浮き出た肩。男にしては華奢なその肩にゆっくりと唇を這わせる。精市は擽ったそうに身をよじらせて、小さく笑い声を上げた。


「一体、どうしたのさ?」
「ん、」


精市の言葉に生返事を返し、唇をゆっくりと降ろしていく。すべすべの肌を微かに舐めると、人の皮膚の味がした。変な味。
その身体は思っていたよりも冷たくて、この殺伐とした部屋の空気に冷やされてしまったみたいで。なんとなく、それが悲しい。


「い、たっ……」


浮き出た鎖骨に噛みつくと、精市が小さく悲鳴を上げる。そんな声を聞くのは初めてで、すごく新鮮。でも、鎖骨は硬くて噛みつきにくい。
するするとさっき辿った肌を逆戻りし、次は肩に噛みつく。鎖骨よりも柔らかくて、歯が肉に食い込む生々しい感触。まるで精市を食べているみたいで、でもあんまり美味しくなかった。


「更紗…?痛いよ」
「……うん」
「……何がしたいのかな。俺を食べるつもり?」
「違う、よ」


まっ白な肌を真っ赤に真っ赤に染めてしまいたい。この身体が、この人間が、この全てが、私のものであるという証をつけてしまいたかった。
そうでもしないと、このまっ白い男はたくさんのものに染められて、私の元を離れて行ってしまうから。


「私の物だって言う証」
「普通はキスマークじゃないの?しかも、俺がつけるべきだよね?」
「うん」


噛みついたまま私はゆっくりと返事をする。精市は諦めたように黙りこんで、私を抱き締めていた腕を解いて今度は頭を撫でてくれた。その手の温度が気持ちよくて、またふわふわと浮かぶようなあの感覚が戻ってくる。
このまま私はどこに飛んで行けるんだろう。飛んでいく先に精市はいるだろうか。肩と鎖骨に私の証がついた精市が。


「更紗」
「……ん」


名前を呼ばれて返事をすると、頭を撫でていた手が顔を包み込んで精市の肩から私を引きはがす。だらしがなく空いたままになっていた口に、精市の舌が潜り込んできた。
これに噛みついたら、さすがに怒られるよね。口の中が焼けてしまいそうなほど熱い舌を感じながら、そんなことをぼんやりと思った。


「今度は、俺の番だね」



唇から小さく舌を出したまま、精市が非道く綺麗に笑う。その舌が私の肩を掠めて、鎖骨を舐めて、そして首に触れた。
ぞっとするほどくすぐったくて、でも一瞬後に鋭い痛みが走った。精市の八重歯が喉に食い込む、そのイメージがありありと脳に映し出される。


「いた、い……」
「我慢。俺にもやったんだから」


一度口を遠ざけてそう笑う精市の肩には、真っ赤な真っ赤な華が二つ咲いていた。そこに触れると、精市は優しく微笑んでくれる。
次に噛みつかれるのはどこだろうか。そんなことを思いながら静かに目を閉じる。空を飛ぶ感覚が私を支配して、ゆっくりと意識が消えていく。
暗闇の最後に感じたのは、どこか分からない所に走った甘美で麗しい痛みだった。





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