子供は嫌いだ。特に、些細なことでぎゃあぎゃあ泣き叫んで、泣けば全部自分の思い通りにいくと勘違いしている、ちょっとませた子供が一番うざい。
でも、そういう俺だってまだ中学生で、中学生ということは小児科で、ちょっと特別な病気だから個人部屋だけれど、病院行事とかは子供という分類で参加させられる。
例えば、毎年恒例(なのかは知らないけど)冬の予防接種とか。






「いやだー!いーたーいー!」
「お母さーん!!」


注射ぐらいでわんわん泣くな、お前だって男だろうが。俺だって痛いけど我慢してるんだから。なんて本音は、口が裂けても言えない。
忙しそうに働いている看護師さんや、子供を押さえつけながら注射をする医師だって、きっと同じことを思っているだろうけど、黙って仕事をこなしているんだから。
それに比べれば、泣き声を聞きながら椅子に座って順番を待つだけで構わない俺は、相当楽をしている。
にしても、この病院は子どもが多い。周りを見るだけで、十人以上が泣き喚きながら、走って逃亡を計ったり、その体のどこにそんな力があると聞きたくなるような火事場の馬鹿力を発揮して、どうにか注射を免れようとしている。
それが十人以上にもなるから、看護師さんもほとほと困っているみたいで、ああすごく嫌な予感がする、なんで中学生も小児科なんだろう。もう大人と一緒に内科でいいじゃないか。
その嫌な予感の通り、泣いている子供を抱えた看護師さんが一人、俺に近づいてくる。
俺は患者です。ギラン・バレーの類似病なんていうよく分からないものを患って、しかもインフルエンザの予防接種を受けさせられようとしている可哀想な患者です。そんな重病人に何をさせるつもりなんですか。


「幸村くん」
「どうかしましたか?」


もちろん、そんなことを口に出して訴えるほど俺は非情じゃない。とりあえず、話は聞こう。でも、できれば聞くだけに留めておきたいんだけど。


「あのね、すごく申し訳ないんだけど……この子の面倒見てくれないかな?幸村くんが一番しっかりしてるから……」


褒め言葉なんだろうけど今の状況じゃ素直に喜べない。申し訳ないと思うなら、小児科患者の全員を一気に集めて予防接種しようと考えた馬鹿な院長に文句を言ってほしい。これだけの子どもが集まったらどういう事態になるか考えなかったのか。


「ここで見てるだけでいいんですよね?構いませんよ」
「ありがとう!本当にごめんね。人手が足りなくて……すぐに戻ってくるから」


すぐって何十分後のことを言ってるんですか、なんて子供を受け取りながら聞いてみたくなった。
予防接種をやるから、とここに呼び出されて約一時間。注射が終わった子どもの数は、両手の指で足りる。
俺は最後なんだろうな。年功序列で進んでいるようだし。


「うわぁーん!」


成り行き上、預かってしまった子供は顔を真っ赤にして泣き叫んでいる。もがいて暴れないだけましかもしれないけど、この泣き声はかなり耳にくる。
ああ、今すぐ口をふさいで黙らせたい。


「大丈夫だよ、怖くないからね。ほら、泣かないで」


優しい声をかけて、落ち着かせて、泣きやませる。
まぁ、全然泣きやむ気配はないのだけれど、俺が看護師じゃないのには気づいたみたいだ。そんな不思議そうな目で見られても困るんだけどね。


「……おねぇちゃん、どうして白い服着てないの?」


もしかして、聞き間違いかな?泣きじゃくって、ぐずってるしね。もしくは、俺の耳がおかしいのかな?
できれば聞き間違いであってほしい。というか、聞き間違いであるべきだと思うんだけど。


「ふふ……うまく聞き取れなかったんだけど、もう一度言ってくれるかな?」
「おねぇちゃ「俺は、お姉ちゃんじゃないよ。お兄ちゃんだからね。わかった?」


言葉を遮って、にっこり笑ってやるときょとんとした顔のまま頷かれた。うん、よくできました。頭を軽く撫でてあげる。
話しているうちに涙は止まったようで、さっきまで泣き叫んでいたのが嘘のようにけろりとしている。





「幸村くん!ごめん、遅くなっちゃった!」


結局、看護師さんが戻ってきたのは子どもが泣きやんで、待っているのに飽きて眠り込んでしまってからだった。







「ということが、昨日あったんだ」


昨日何してたの、という質問に答えてあげたというのに、更紗は顔を真っ赤にして返事をしもしない。泣いてるんじゃないよね?涙なんて、これっぽっちも流れてないもんね。


「更紗、それ以上笑ったら、どうなるか分かってるよね?」
「…ご、ごめ、ん……ぐふっ……ちょ、待って……」


仕方がないからちょっとだけ待ってあげた。うん、たぶん30秒は待ったと思う。それでも笑い止まないからとりあえず一発殴ろうかと思って腕をあげた瞬間に、更紗は笑うのをやめる。顔が少し引き攣ったままだけど。


「でも、確かに精市は女の人に見えるよ」
「へぇ、更紗もそう思うんだ?俺を見て、どうして女だと思うのか俺にはちっとも分からないんだけど、俺にわかるように説明してくれる?」
「んーとね、色が白いし、顔が綺麗だし、髪の毛が綺麗!」
「だったら、仁王も色が白いし、ブン太だって顔可愛いし、蓮二だって髪の毛綺麗じゃないか」
「そうなんだけど……精市はね、なんていうか、雰囲気が綺麗なの」


意味が分からない。更紗が意味不明なことを言うのはいつもだけど、今日はそれが一段とひどい。
相手にしていられなくて、黙ったままため息をついた。昨日の予防接種の痕は痛むし、彼女が意味の分からないことしか言ってくれないし、俺って不幸かもしれない。


「でも、子供って可愛いよね」
「どこが?わーわー泣くし、暴れるし、更紗と同じで意味の分からないことしか言わないし、いいとこなしじゃないか」
「あれ、私の言葉、意味分かんないの?」
「分からないよ。日本語喋ってる?」
「喋ってるよ!精市だって日本語でしょ?」
「あー、ほんとだ。更紗と同じ言葉喋ってるなんて、なんか屈辱的」
「私の方が屈辱的なんだけど」
「で、子供のどこがいいの?」
「んーっと、小さくてふくふくしてて無邪気だし……とにかく可愛いの!」


きっと更紗は泣き叫ぶ子供の世話をしたことがないんだろう。全身で喚いているような生き物のどこが無邪気なんだ。まるで悪魔みたいなものじゃないか。


「更紗、子供欲しいの?」
「うん、欲しい。早く産みたい」
「へぇ、じゃあ可愛い子産んでね」


へ?、と間抜け面で固まった更紗を見ていると、彼女の子供なら可愛いかもしれないと思った。
もしかしたら錯覚かもしれないけど、俺の遺伝子も継ぐわけだし、少なくとも馬鹿な子供は生まれないだろう。頭のいい子ならわーわー泣き喚かないかもしれないし、喚かない子供は俺も嫌いじゃない。


「あれ?私が精市の子供を産むの?」
「当たり前だよ。俺が更紗の子供を産めるとでも思ってるの?」
「それは思ってないけど……私なんかでいいの?」
「どうして更紗じゃ駄目だと思うんだ?」


名前は何がいいか、最初の子は男の子がいいな、なんて考えると、俺って結構子ども好きかもしれないなんて思ってしまう。
きっと更紗の子どもなら可愛い。俺だって好きになれるし、大事に育てることもできるだろう。
未来を想像すると楽しくて、まだ間抜け面したままの更紗の将来が楽しみだった。





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