体調が悪い事は自覚していた。
その原因も、どうすれば治るのかもちゃんと分かっている。
ただ、それが叶うことはないだろう、と心の隅で感じてもいた。
だって、俺が戦いをやめる時なんて、きっと来ないから。
いつまでもいつまでも、戦い続けるだろうから。


微かに熱っぽい身体
見上げた、遠い天井
手の届かない、しろ
すぐ傍にある、あか


その全てが俺を責め立てる。
何故殺したのだと、何故殺すのだと問いかけてくる。
その答えはどこにもない。
俺が人を殺す理由なんて、どこにもないのだから。

天井を見上げる事に疲れて、ゆっくりと目を閉じた。
遊女の館から帰る途中で眩暈を感じ、倒れ込むようにして眠りについたのが昨夜。
それから目を覚ましてみれば、起き上がる事も出来ない程に衰弱していた。
情けない、と思いつつベッドに収まったまま時を無駄に過ごしている。
医者にかからなければ、と思う反面、体はどうしても動いてくれない。
まるで、糸の切れた操り人形のように倒れていることがせいぜい。
そのうち、意識まで無くなるのではないかと、少しだけ恐れを抱いている。

目を閉じていると、にじり寄る死のように睡魔が訪れた。
徐々に消えていく意識と、微かに届いた足音。
それが誰のものなのか確かめる前に、完全に意識が途絶え、暗闇が俺の世界を支配した。








次に目を開くと、額に冷たい物が当てられていた。
それが酷く心地よくて、もう一度眠りについてしまいそうになる。
そうしなかったのは、室内に人の気配を感じたからだ。



「……誰、じゃ」
「おや、目を覚まされましたか。ずっと昏睡していたので、心配していましたよ」
「柳生か……」



まだ少しだけ霞む視界を過ぎる、茶色い髪。
きらりと輝く光に目を細めれば、それは今時珍しい眼鏡のフレームの反射光だった。



「所用があり近くまで来たので寄ってみれば、意識は無いし、高熱はあるし。貴方は一体、どんな生活をしているのですか?自分の不調くらい、気づいていたでしょう?」
「おー、気づいとったよ。じゃけど、そうそう医者にかかれるご時世でもなか」
「にしても、死ぬつもりですか?あのまま放置していたら、確実に命を落としていましたよ」
「柳生さん、ナイスタイミング」
「ふざけないでください」



軽い口調で笑って見せると、返ってきたのは本気の語調。
元々鋭い目つきがさらに鋭くなり、その視線が俺を射抜く。
冷たい声は、彼が本気で怒っている証拠だ。
訓練学校で出会った時から、彼はいつも俺の心配をしてくれる。
彼のおかげで命を永らえたのは、これが初めてではない。



「私は医者です。けれど、患者が来てくれない限り、私は病気を治せません。私が全ての病気を察知できる訳ではないのです」
「分かっとるよ、分かっとる……」
「お願いですから、きちんと病院に来てください。それが嫌なら、私を呼び出してくださっても構いません」
「……柳生さん」
「何ですか?」
「……すまんの」
「そんな言葉、聞きたくない。言うなら、ありがとうと言っていただけませんか?」
「…………あんがと」



気恥かしい思いを隠して、精一杯の謝礼を述べる。
彼はふっと口元をゆるめて、額に乗せてあったタオルをそっと取りあげた。
枕元にあった器に浸し、しぼってからまた額に乗せてくれる。

冷たくて、心地よくて。
じんわりと染み入るそれは、まるで彼の優しさのようだった。



「勝手に診察させていただきましたが、体にある傷痕が膿んでいました。それと、極度の疲労。それが積み重なった発熱のようです。膿の方は処置しましたので、もう問題はありません。疲労は、今から存分に寝てください」
「そか。じゃけど、そうも言っとれん。すぐまた、戦が起こる」



その言葉が空虚な部屋に響くと、急に温度が下がったような気がした。
ふわり、と頬に触れてきた彼の指が、額に乗ったタオルよりも冷たい。
ちらりと顔を見上げると、彼は泣きそうな顔で、俺を見つめていた。



「まだ……まだ戦なんてものをやっているのですか」



その言葉を聞いて、ああ、と思いだした。
優しい性情を持つ彼は、争いごとを嫌う。
俺が兵士になると言った時だって、いい顔はしなかった。
今と同じ、悲しそうな苦しそうな顔で、俺の顔を見つめていた。
まるで、俺を引きとめるみたいに。考え直せと、諭す親のように。
それを振りきった俺の所へ、彼は何度も訪ねてきてくれた。
兵士の俺とは逆に、医者になった彼に治してもらった傷は、両手の指では収まらない。



「死ぬ気、なんですか。最近、戦は過激さを増しています。一兵士のままでは、死んでしまいますよ!」
「生きる、ためなんじゃ」
「………」
「死ぬために戦うんじゃなか。生きるために、進むために、戦う。俺が決めた、俺の道じゃ」



ぼんやりと彼の顔を見つめると、彼は静かに首を振った。
理解できない、とでも言うように。
そして。
それは間違っているのだと、そう告げているかのように。

それを見るのが悲しくて、視線を逸らして天井を見る。
額にある冷たい彼の優しさと、俺の馬鹿馬鹿しい熱が混ざり合って、ゆっくりと飽和していく。
いつかこの熱が消えた時、彼の優しさも消えるだろうか。
その時彼は────そんな俺の事を見て、泣いてくれるだろうか。



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