少しだけ、その時期の気温としては少しだけ寒いその日。
彼はいつもと同じ、他人を馬鹿にする笑みを浮かべてやって来た。



「久しぶりじゃの」
「それ、前来た時にも言いましたよ」
「気のせいじゃろ」
「ふふ……そうかもしれませんね」



飄々と嘯く彼に調子を合せ、同じように笑ってみせる。
彼は満足したようにもう一度笑って、そして疲れたように眉を下げる。
いつも以上に色の悪いその顔は、明らかに生彩を欠いていた。
それはもう、医者でもない私にはっきりと分かるくらいに。



「お疲れみたいですね」
「おお、疲れとるよ。よう分かったの」
「顔色が悪いですし、目元」



己の目元を軽く叩いて見せると、彼も同じようにそこに手をあてた。
まるで鏡に向かっているかのように、同じ仕草をしたまま首をかしげて見せる。



「隈、できてますよ。前来た時には無かったのに」
「さよか。鏡なんてここんとこ見とらんけんの」
「戦い、勝ったんですか?」
「珍しいの。お前さんがそんな事聞くなんて」



そう、とても珍しい。
戦争は嫌いだから、誰がどう戦おうとどうでも良い。
どこが勝とうが、どこが負けようが、私には関係ないから。
遊女として生きる私は、どっちが勝っても仕事も何も変わらない。
この世に男がいて、その人たちに欲望がある限り、私は生きていける。
悲しい、醜い、世の条理だ。



「そうですね、ちょっと……興味が出てきたんです」
「嘘はやめんしゃい。何かあったんか?」
「……なんでもないですよ」



強いて言うならば、あの人は勝ったのだろうかと思っただけ。

青い髪と青い瞳の綺麗な人。
まるで死んだ魚のような瞳で、でもまっすぐに前を見ている人。
あの人は彼の敵だろうか、味方だろうか。
聞いてみようかと思ったけれど、兵士はこの世にごまんといるのだ。
聞いたって分かりはしないだろう。



「勝った、とは言えんの」
「え?でも、生きてるじゃないですか」
「引き分けってことじゃ。勝つ以外に帰る方法がないわけじゃなか」
「お尻を見せて逃げる、とかですか?」
「その通りじゃ」



くすくすと笑うと、彼もけたけたと笑った。
二人でしばらく笑い合って、そのうちお腹が痛くなって止めた。
ベッドの上で抱き合いながら、静かに深呼吸を繰り返す。
暗闇に映る月の明かりが、白い彼の肌と銀の髪を浮かび上がらせていた。
その隣に浮かぶ私の肌は、彼のものよりも赤味があった。



「また、あいつに会ったんよ」
「あいつ?」
「黒……もしくは群青色の髪をした、綺麗な奴じゃ。なかなかの腕っ節じゃし、死ぬ事も殺す事も恐れとらん。向こうの中では、一番強いじゃろうの」
「……大丈夫、なんですか?」
「さぁの。今まで何度もやってきたが、決着がつかん。今回も夜明けまで戦って、結局退却じゃ。阿呆らしい」
「死なないで、くださいね」



死んでしまって、会えなくなったら寂しいだろう。
もう二度と、この声が聞けないと思ったら、とても悲しい。
想像することさえ恐ろしくて、思わずそのお腹に抱きついた。
彼の体は、生きている人間にしては冷たくて、まるで氷のようだった。



「大丈夫じゃ。俺はそう簡単に死んだりせんよ」
「そう……ですよね。どんな人なんですか?」
「切っ先に迷いがない。人を殺す事を躊躇わない。生きるために、必死。そんな感じじゃな。あとは……目が、真っすぐ前を見て、未来をみとる。そんなもんじゃな」



それはまるで、あの人のようだと。
私が咲かせた花を受け取って、ゆっくり笑ってくれたあの人のようだと。
ぼんやりとそう思った。

そして同時に。
人を拒絶するように笑いながら、どこか遠くを見つめている。
目の前の彼のようだとも、小さく思った。



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テーマ「人外ファンタジー」
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