夜が明けた。
戦の終わりを告げる朝日が、睨みあう俺達に降り注ぐ。
白銀の髪を持った男は素早く剣を引くと、俺を一瞥して踵を返した。
その手に持った剣にはべったりと血が付いていて、もちろんそれは俺も同じだった。

いつもこうして戦争が終わる。
決着のつかない戦いの末、俺は疲労困憊した体を鞭打って歩き出す。
彼が向かう方向とは真逆の方向へ。
俺の居場所、俺の国へ。

遙か彼方に揺れる太陽が、俺の罪を曝け出すように、光を浴びせかけていた。








また、彼女に出会った。
あの日と同じ薄汚れた街角の片隅で、茶色い籠を抱えて立っていた。
そこから覗く花の色は、まるで血のような赤。
眩暈のするような、鮮烈過ぎる赤だ。



「また、花を配っているんだね」



背後から静かに声をかけると、彼女は驚いたように素早く振り返った。
緊張の浮かんでいた瞳が、俺を捉えて安心したように緩む。



「こんにちは、また会いましたね。はい、仕事なので」
「売りもしない花を抱えて、ここに立っていることが仕事なの?」
「そうです。それが私の仕事」



ふわりと、まるで蕾が綻ぶように微笑んで、彼女は籠を傾けた。赤い花弁が重力に捕えられ、ひらひらと雪のように地面に吸い込まれていく。



「変わった仕事なんだね」
「そうでしょうか。生きるために必要ならば、何でもするべきだと思います。だから、ちっとも変じゃないですよ」
「……人を、殺す事でも?」
「え?」
「自分が生きるためなら、人を殺しても構わないのかな」



分からないんだ。
人を殺してまでこの世界で生きる意味。
死への恐怖から逃げる為に、ただ他人の命を奪う行為。
人を害し、殺し、人生を奪ってきた俺は、生きていてもいいのだろうか。
その罪を背負って、生きていくべきなのだろうか。



「……良いと思いますよ」
「………」
「生きるためなら、良いと思います。人は必ず何かを殺して生きています。食事をすれば動物の肉を食べるし、日常生活で虫を殺すことだってあるでしょう。それも、一つの命です。だから、生きるためなら……仕方ないと思うんです」
「……そうだね」



彼女の言うことは正しい。
人は犠牲の上で生き、そしてその上で死ぬ。
誰かの犠牲のおかげで生きているし、誰かの犠牲になることもある。

でも、それは必要に迫られた行為だ。
人を殺さなくても生きているのに人を殺し続ける。それは生きるために仕方のない事なのだろうか。



「あの……失礼ですけれど、あなたは兵士なんですか?」
「うん、そうだよ。でも、どうして?」
「人を殺す職業って言ったら、兵士ぐらいしか思いつかなくて」
「ああ、それもそうだね。兵士くらいしか、人を殺す職業なんてないだろうね」
「辛い、ですか?」
「戦うこと?」
「ええ。それと、人を殺す事」



辛いのかと聞かれれば、辛くはないと言える。
けれど、何も感じないのかといえばそうでもない。
慣れてしまった。感覚が鈍って、何も感じなくなってしまった。
本当に、ただそれだけ。

だから、どう答えるべきなのか分からなくて、黙って彼女の瞳を見つめた。
一瞬だけ、彼女の黒瞳が困ったように揺れ、そして一度瞬く。
それが開いた時にはその瞳に映る感情は何もなくて、鏡のように無機質な黒が俺の瞳を見返していた。



「ごめんなさい、変な事を聞いてしまって……」
「ううん。たぶん、で悪いんだけど、辛くはないと思う。そう感じた事はないよ」
「そう、ですか」
「君は、辛くない?生きていくこととか」
「私は……」



刹那の沈黙。
花弁がまた一枚、風に舞った。



「……辛いとは思いません。でも、早く終わればいいのにとは思います」



静かな、迷いの一切ない口調。
その余韻が消える前に、彼女はしなやかに踵を返した。
あの時と同じように、路地裏の闇に呑まれていく。
その立ち去り方が、ほんの少しだけ彼に似ているような、そんな気がした。



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