夜眠り、朝起きる。
食事をして、瞬きをする。
それらは日常生活の中でありふれている行為だ。今さら、それを意識して行っている人間もそうそういないだろう。
それと同じ感覚で、俺は敵と戦っている。


この戦いが始まった理由を、誰が覚えているだろう。


上層部の役人ならば、それについての意見を述べることができるかもしれないが、命を賭けて戦っている兵士たちは、きっと誰一人それを覚えていない。
そんな事、どうでもいいからだ。覚えていたって何の得にもならないし、それが何かの意味を持つこともない。
剣を持って戦う人間に必要なのは、今を生きたいという衝動。
それを失えば、瞬く間にその命の火は掻き消され、そしてそれが輝くことは二度とない。
蝋燭の炎が風に掻き消されるように、それは脆くも儚い世の条理だ。
俺もその世界という海の中を泳ぎながら、ただひたすらに終わりから逃げ続けている。
全てが終わる瞬間を恐れ、今に求める希望を失い、迷子の猫のように彷徨っているんだ。

どこまでも続く、海の挟間を。
波が生まれる、その境界線を。



「久しぶり、とでも言うておこうかの」
「敵にそんな言葉をかけてどうするんだい」



砕けた笑みと馬鹿にしたような口調。
そして、どこから見ても目につくその月の色の髪。
彼に出会うのは何度目だろう。会う度に剣を交え、そしてそれに決着がついたことはない。
いつだって、朝日が昇って戦いが終わり、そして彼は帰っていく。
彼の国へ。彼の居場所へ。
俺の知らない、彼がいる所へ。



「今日こそは決着を着けるよ」
「着いたらええのぉ……じゃけど、これが終わったら俺は誰と戦えばいいんじゃ」
「それは勝ってから心配するといい」
「それもそうかの」



剣を構えて睨みあうと、彼の金色の瞳から笑みが消えた。
残ったのは、どこまでも冷酷な、無機物のような瞳。
まるで機械が見せるようなその輝きに、思わず息を飲み込んだ。
彼の目に、俺はどう映っているのだろう。彼と同じように、俺の瞳も冷酷な光を灯しているのだろうか。

それとも。
俺が普段浮かべている、死んだ魚のような虚ろな瞳をしているのだろうか。



「考え事はまずいんじゃなか?」



彼の冷たい言葉に意識を戻せば、鈍い鉛色の光が目の前に迫っていた。
咄嗟に剣を跳ね上げ、それを弾き飛ばす。重い手応えと、甲高い金属音。
腕に走った痺れに顔をしかめ、顔だけでにやけた表情を浮かべる彼を一瞥する。



「君の言う通りだ。俺も集中するよ」
「その方が良か」



彼の白い顔に、真っ赤な三日月が浮かぶ。
それは徐々に裂け目を深め、ゆっくりと馬鹿にするような笑みを模った。



「そうでもせんと、お前さん、俺に殺されるけんの」



激しく叩きつけられた鋭い切っ先。
何度もぶつかる鉄と鉄。
耳につく音と、目に焼きつく赤い口。
夜空に浮かんだ月と、彼の頭で翻る月の色。
闇の中で輝いた、どこまでも冷めた黄金。


俺が描く戦いの風景。目を閉じれば浮かぶ、この光景。
何度も見続けたこれが俺の日常だというのなら。
俺の最後に浮かぶのは、一体どんな景色なのだろう。



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テーマ「人外ファンタジー」
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