戦争は嫌いだ。
父さんに母さん、年端もいかなかった小さな妹。
その全てを奪って、私の人生の全てを変えてしまった戦争が、大嫌いだ。
大嫌いなんて言葉じゃ表わす事が出来ないその感情は、もはや憎しみと呼んでもいい。
戦争なんて、この世から消えてなくなってしまえばいいのに。
誰もが幸せに暮らせる、平和な世の中ができれば良いのに。

そんな夢物語のような空想に耽りながら、私は生きるために夜の世界に羽ばたく。
こんな腐った世の中で生きていく意味なんて見つけられないけれど、死んだらどうなるのかが怖くて、私はただ漫然と生きている。
孤児になった時に拾われた遊女の館で、教え込まれた作法で相手を慰め、心を無にして全てが終わるときを待っているんだ。



「瑠璃。久しぶりじゃの」
「あら、白銀のお方じゃありませんか。お久しぶりですね」
「なんじゃ、今日は遊女の言葉で喋らんのか」
「そっちの方がよろしいんでしたら、そっちで喋りますけれど?」
「お前は遊女じゃろ。普通はそっちで喋らんか?」
「だって、似合わないんですもの」



綺麗な綺麗な白銀の髪。
何度もここに通い、私に会っていくこの人は、いつも名を名乗らない。
直接聞いたこともあったけれど、はぐらかすばかりで教えてはくれなかった。
だから、仕方無く白銀のお方なんて呼び方で呼んでいる。
初めてそう呼んだ時は驚いたような顔をしていたけれど、すぐに仕方なさそうに笑って、それ以上何も言わなかった。



「くく……確かに似合っとらんかったの。遊女のくせに、変な奴じゃ」
「わっちは年季の入った遊女でありんす。似合わないなんてことはありんせん」



幼い時、無理矢理に覚えさせられた言葉。
世間の事が何一つ分からなくて、両親と妹が死んだという事も理解できなかった頃、叩きこまれた仕草。
その全てが今の私を生かしている。
どんなにそれを嫌がっても、恨んでも、ここから逃げ出す事は出来ない。
逃げれば待つのは死のみ。女一人の足では、どこへも行けやしない。



「やっぱり似合わんの。普通に喋っとるほうがまだましじゃ」
「失礼ですね、折角口調を変えたのに」
「戻っとるじゃなか」
「似合わないなんておっしゃられるからですよ」



わざと頬を膨らませてそっぽを向くと、けらけらと笑われた。
そこらの遊女と張り合えるくらい白い腕が素早く伸びてきて、それにしっかりと抱きしめられる。
これから始まる全ての事が私の心に沁み入ることはない。
この人の事はきらいじゃないけれど、でもこの人を好きになることはないだろう。
私は蜘蛛の糸に捕らわれた愚かな蝶だ。
喰われるか、そこで干からびて死ぬか。
私の末路はきっと、そのどちらかなのだろう。








「ねぇ、血の匂いがします」
「血?あぁ、俺かも知れん」
「怪我されてるんですか?」
「いや、今日も戦ってきたからの。返り血の匂いじゃろ。もしかしたら、全身に血の匂いが染みついとんかもな」
「……危ない事をしてるんですね」
「兵士の事か?そんなもん、生きるためじゃ。それに、俺は死ぬ気はなか。何をしたって生き延びる」
「そう、ですか……」



この人は、私と似ている。
何をしても生き延びる。
例えそれが誰かを殺す事であっても。
例えそれが身体を売り、その未来に希望がないと分かっていることであっても。



「もう、お帰りですか?」
「おー、また来る。近々大きな戦いが起こるらしいけん、そん時死なんかったら、の」
「やめてください、縁起でもない」
「そんな事、ちいとも思っとらんくせに」
「小指の先くらいは思ってますよ」
「どうだかの」



他人を小馬鹿にするような笑みを浮かべて、彼は闇に融けるようにして消えて行った。
その姿が完全に見えなくなるまで見送って、闇と光の挟間でゆっくりと目を閉じる。
背後の建物から響く女たちの嬌声と喧騒が、耳について不快だった。
この騒がしさも、いつか消えてしまえばいい。
全てが一掃されて、終わるときを私は待っている。
その時、彼は泣いてくれるだろうか。
その時、私は笑っているのだろうか。



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