彼から伝わる体温は、毎回その温度を変える。
凍えるような冷たさを装う時があれば、優しく包み込む暖かさを纏う時もある。
冷たさに触れれば思わず声を上げ、暖かさに包まれれば安堵の息を漏らした。
どちらかと言えば、私は冷たい彼の方が好きだった。
だって、いつもふらふらと掴みどころなく彷徨う彼が火傷をするような熱を持っているなんて考えられなかったから。
彼は冷たい。
私を拒絶するその冷たさが、私にとっては何よりも心地よかった。

冷たい熱を持つ彼が、初めて私の所にやってきたのは、しんしんと冷たい雪が降りしきる冬の夜だった。








「お前さんを指名するんは初めてかの」
「はじめまして。はい、その通りですよ」
「遊女の言葉で喋らんのか?」
「そちらが好みでしたら、変えることもできます。私としてはどちらでも良いので」
「お前さん、変わっとるの」
「そうですか?」



色事の前にこうして話しかけてくる客は少ない。
大抵が、無言で素早く事を済ませてしまおうとする。
こんな所に来ているという罪悪感が胸の中で疼くのだろうか。
そんなものを感じるくらいなら、来なければいいものを。



「まだ話しますか?」
「んー、そうじゃな。そのつもりじゃ」
「そうですか」



私は一つ頷いて、解きかけていた着物の帯をまた結び直した。
こんな寒い中、服を乱して話をしていたら凍死してしまう。
闇に包まれた部屋で輝く彼の銀髪を見つめながら、私は無言のまま息を殺す。
相手が話しかけてくるまで口を開いてはいけない。これは初歩的な掟だ。
どうして、と尋ねた事はない。決まっていることを変える権限を、私は持っていないから。
私はただ従って、その日一日を無為に過ごしていればいい。
私はそのための存在だし、それ以上を求めてもどうにもならない事も決まっている。



「……なぁ、お前さん」
「はい」
「名前、何ちゅうの?」
「指名した時に聞きませんでしたか?」
「聞いたけど、忘れた」
「…瑠璃、と申します」
「へぇ。ええ名前じゃね」
「ありがとうございます。あなたの名前は?」
「内緒じゃ」



一瞬、何を言われたのか分からなくて思考が止まった。
内緒という名前なのかと納得しかけ、そんなはずはないだろうと考えなおす。
内緒。普通に考えて、秘密という意味だろう。



「では、何と呼べば?」
「んー……何でも良か。好きに呼びんしゃい」
「では────」



人のあだ名をつけるのは初めてだった。
それまで、あだ名をつけるほどに人と親しくなったことがなかったから。
暗い闇のような孤独だけが、私の傍にいたから。



「白銀のお方、とお呼びしてもよろしいですか?」
「好きにしたら良かよ。にしても……変なあだ名じゃのぉ」



彼はふいに顔を歪めると、けらけらと笑い声を上げた。
気に入ったのか、それとも気に入らないのか。どちらなのか分からないその笑顔は、不思議と私の目に焼きついた。
あまりに彼が笑うものだから私までおかしくなってきて、ほんの少しだけ笑みを漏らしてしまう。
闇に包まれた部屋では私の事なんて見えないだろうに、彼が急に笑うのをやめて私を凝視した。



「笑った方が良かよ。お前さん、その方が綺麗じゃ」
「な…に、を」
「じゃって、ほんまにその方が綺麗じゃと思う。じゃけん、もっと笑ってくれ」
「笑うのは……私の仕事の範囲外ですから」
「じゃあ、俺の話し相手になれば良か。そしたら、俺が笑わせちゃる」



彼が突拍子もない言葉を次々に紡ぎ、最後に唇を裂いて笑った。
金色の瞳が弓の弦のように絞られ、銀色の髪が輝きを増す。
戯れるように伸ばした彼の腕はとても白くて、まるで降りしきる雪のようだと、そんな事を思った。
恐る恐る、といった風に私に触れた手はとても冷たくて、その印象を嫌でも強くさせた。



「分かりました」



小さく、本当に小さく呟くと、彼の笑みがさらに深まって、私の目に焼き付いていく。
頬に触れた手が、温かみを増したような、そんな気がした。



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