「捕虜と面会……?」
「その通りだ。相手は敵国の将軍と佐官。無碍にするわけにもいかないのでな。とりあえず、会って来い」
「……分かりました」



戦争が終わった。
彼との戦いで破れてから、たった三日後のことだった。
緩やかに終戦へと向かっていた戦に終止符を打ったのは、俺と戦える相手がいなかったという事実。
いつも俺を押さえていた彼がいなくなれば、乱闘での勝ち目は相手には無かった。

最後に切りつけた時の感覚を、まだ覚えている。
もう振るう事はないだろう剣の感覚を思い出し、それを少しだけ懐かしく思った。
もう自分の剣は無いけれど、彼の剣はそれを補って余りある仕事をしてくれた。
彼らは無事に国を出ることができただろうか。
ちゃんと逃げられただろうか。
ただそれだけが、気がかりで仕方がない。




前に立つ兵士は一言も喋らず、沈黙を保ったままで地下牢に導いてくれた。
中に入るのかと思えば扉を開いただけで止まってしまう。
どうやら、一人で入れという意味のようだ。
大人しくそれに従い、捕虜たちが捕らえられている地下牢への扉を開く。
普通の廊下よりも薄暗いそこは、それでも最低限の清潔さは保たれていた。

白旗が上がった時点で戦場に居た兵を捕らえよ、というのが上層部の命令。
その後の捕虜たちがどうなるのか、それも上層部たちの決定待ちだ。
殺されることはないだろうが、帰れるのはいつになるのか。
哀れだとは思うけれど、だからといってしてやれることはない。

ゆっくりと地下牢の通路を進み、一番奥まで進む。
そこに重役の捕虜を捕らえているということを教えられていた。
歩くたびに足音が反響する通路に辟易しながらも、どうにか奥まで進む。
最奥の牢には、大柄な人影が二つ収まっていた。



「お前が幸村の言っていた兵士か」



口を開く前に漏らされた言葉。
幸村、という名前に心当たりはなかったけれど、なんとなく彼のような気がした。
無言で口を開いた方の影を見つめる。
深い漆黒の瞳が、深淵すぎる暗さを抱えて俺を見つめていた。



「お前さん、あいつと知り合いか」
「同じ軍に所属しているというだけだ」
「さよか。で、俺に何の用じゃ?」



ゆっくりと男の瞳が瞬かれ、闇が一瞬瞼に覆い隠される。
その中で揺れていた暗い炎がゆらゆらと揺れて、俺を捕らえて焼き殺さんばかりに燃えていた。
「精市……つまり、幸村からの伝言を預かっている」



俺の問いに答えたのはそれまで話していた男ではなく、隣で座っていた別の奴。
にしても────こいつ、目見えとるんか?
細すぎて開いとるのか開いとらんのか区別がつかん。

意図せずして知ることになった彼の名前を胸の中で繰り返す。
幸村精市。
それが彼の名前だ。



「ほー、何で俺なんぞに伝言が?」
「精市が女性を一人連れて逃げるところに出くわした。……いや、違うな。彼らの手助けをした、と言った方が正しい」
「手助け?」
「ああ。着のみ着のまま、だったからな。着替えと食料を渡しておいた」
「……さよか」



安心すべきなのだろうか。
それとも。
彼女が去ってしまったことを、悲しむべきなのだろうか。

どちらの態度をとればいいのか分からず、思わず閉口する。
無言で糸目の顔を見つめていると、口元だけで小さく笑われた。



「迷っているようだな。己の感情のどちらを信じるべきか」
「はっ……何言うとんじゃ。俺にはそんなもん関係なか。で、伝言って何じゃ?はよう言いんしゃい」



糸目と糸目が話しだしてから無言で俺の顔を見つめていた男がゆっくりと顔を見合わせる。
その間がどうにも鬱陶しくて、小さくため息をついた。



「とりあえず、北に向かうそうだ。落ち着いたら手紙を出すから、その時を待っていて欲しい。返事はいらないし、もちろん読まずに捨てるのも構わない。ただただ……俺達の事を忘れないでくれ、と」



思わず、もう一度笑いそうになった。
忘れる?
そんなこと、できるわけないじゃないか。
忘れられるはずがないのだ。
こんなにも、心の大半を占めている彼らの事を。



「あと……数年経って国が落ち着いたら、また帰ってくるかもしれない。その時、俺達は君を訪ねる。もしも、でいい。もしも会えて、もしも話ができたら。その時は、名前を教えてくれないだろうか?────以上、だな」



糸目は静かに口を閉ざし、試すように俺を見ていた。
静寂を保つ男も、俺に視線を注いでいる。
どういう反応を返すべきなのか、を考える前に俺は声を上げて笑っていた。
今まで何度も戦い続けてきて、別れを告げてから名前を教えて欲しいだなんて。
二人とも、どうしてこんなに馬鹿だったのだろう?
名前くらい、聞く機会はいくらでもあったのに。

笑いだした俺を、名も知らぬ男たちが見つめている。
馬鹿らしくて阿呆らしくて。
けれど、彼らが無事に逃げられたという事が嬉しくて。
なかなか笑いが止まらなかった。



「あぁ、そうだ。精市はお前の傷の具合を心配していた……聞いていないか」
「無理もない。俺だって、始め聞いた時は笑ったのだから」
「いい加減、何度も顔を合わせてきて名も知らないとは。全く……聞いていてこっちが恥ずかしい」
「幸村は強いが、どこか抜けているからな」
「そのセリフ、お前が言えたものではないぞ、弦一郎」
「む、そうか?」



彼らがよく分からない会話をしているのは気付いていた。
けれども、その内容が気にならないほどの笑いの波が、俺の感情を支配している。
悶絶するほど笑いながら、何故か目の前の彼らとは話が合うような気がした。
これからは敵国ではない。
争いは起こらないし、話をしても罰せられることもない。
いくらでも話をする時間はある。
彼について、たくさんの事を聞けるだろう。
そして、彼らとともにいつか来る手紙を待つのもいいかもしれない。
そう考えると、退屈になりそうだった未来が輝かしいものになったような気がした。
彼との物語はまだ終わっていないのだと、そう知らされたような気がした。



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