戦争は、嫌いじゃない。
玩具のようにちゃちな剣を握る事や、それを使って名前も知らない誰かを殺すこと。
そのどちらにも大して抵抗はなかった。


死ぬのは怖い。
だから、生きていたい。


周りでは、敵を殺せずに死んでいく仲間がたくさんいて、そうなるのだけは嫌だった。
何をしても生き残りたい。例え、人を殺したって。
それは多分、生存本能と呼ばれる衝動だ。
それのおかげで、俺は今生きている。
淡々と繰り広げられる殺し合いの場面も俺が人を切る瞬間も全て遠い。

嗚呼、俺は一体何をやっているんだろう。









「精市」
「何?」
「それ以上、身を堕としてどうする。いい加減、戦うことはやめろ」
「戦うことをやめたら、死んでしまうよ。みんな、死んでしまう」
「一兵士の位に収まっているからだ。尉か将の位を手に入れろ。お前ならそれができるだろう」
「できるかもしれないね」
「分かっているのなら、何故……」
「でも、それを手に入れて、その先はどうするの?」
「何?」
「戦う事を止めて、怯える子供のように基地の奥で震えているの?そんな事して、一体何になるのさ?」
「それを考える前に命を落としては元も子もないだろう」
「大丈夫だよ。俺は、死なないから」



死なない、と口の中で呟くと、それは一気に現実味を失って、俺の過去として消えていく。
俺の言葉に僅かに首を振った蓮二は、お手上げだとばかりに苦笑した。

俺は尉にも将にもならない。ただの兵士で良い。
名も知らない相手を殺して、その度に自分が生きていることを確認できる、ただの一兵卒が良い。
そう呟くと、蓮二は黙って頷いた。
悲しそうな、辛そうな顔をして、小さく深く頷いた。








彼女と出会ったのは、中佐である蓮二に呼び出された帰り道だった。
戦いが繰り広げられる昼と夜の合間。
太陽が血の色に染まって落ちる、黄昏の時。
街道の片隅で、質素な身形の女性が籠を抱えて立ち尽くしていた。
籠からは色とりどりの花が顔を突き出していて、一目で彼女が花売りなのだと分かった。
思わず立ち止まって、その花を見つめる。
このご時世に花を売るなんて御苦労な事だ。誰も買いやしないだろうに。
見られていることに気づいたのか、彼女の漆黒の瞳が俺を捉えた。
微かに傾げられる首と、風に乗って漂ってきた花の香り。
微かに甘いそれは、儚く脆いかすみ草。
昔は花が好きだった。いつも部屋に飾っていた。
今はもう、花なんて手に取る事もないけれど。



「お花、いりますか?」
「いや……持って帰っても枯らすだけだから」



掛けられた声に首を振ると、彼女はやんわりと微笑んだ。



「私が持って帰っても捨てるだけなんですよ。売っているわけではないので、一輪どうぞ」
「そう……じゃあ、貰って帰るよ。ありがとう」



差し出された花を受け取ると、彼女はもう一度微笑んで俺に背を向けた。
背後に忍び寄っていた闇に融けるように、細い裏道に逃げるように消えていく。
その背中を見つめて、一瞬だけ呼びとめようかと思った。
売るわけでもない花を抱えて立ち尽くして、彼女は一体何がしたいのだろう。
その理由が聞きたかったし、何よりも彼女ともっと話がしたかった。
本当に、ただそれだけ。

けれど、気づいた時には彼女の姿はもう闇に呑まれていて。
手に残ったかすみ草だけが、彼女の居た証。
それをぼんやりと見降ろして、黄昏に呑まれた彼女の残滓を名残惜しく探す。
それを欠片も残さずに消えた彼女は、一体何者だったのだろう。




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