いつの間にか全身が脱力していて、喉も声を発するのをやめていた。
膝をついたまま剣を地に落とし、ぼんやりと空を眺める。
うっすらと、ほんの微かに明るくなっている空が憎かった。
何故、たくさんの人が死んでも日は昇るのだろう。
死んだ人たちが見られなかった朝日を見つめて、俺はぼんやりと涙を流す。
敵を殺して喪失感を感じるなんて、兵士として失格だ。
きっと、罰せられてしまうに違いない。



「お前さん……さっきから何しとんじゃ。あいつと逃げるなら、戦の混乱のさなかがいいじゃろ」
「まだ……生きてたんだ」
「失礼な奴じゃな。死んだりせん。まだ、生きる」



さっきまでの死を受け入れた瞳は消えて、彼はゆっくりと息を吐きだした。
金色の瞳が僅かに生気を帯びている。
彼は、死なないのだ。



「……じゃあ、君が彼女の所に行く?」
「何言うとんじゃ。勝ったんはお前さんじゃろ」
「でも、君も彼女の事が好きなんだろう。君の方が先に知り合ったみたいだし」
「………俺はもう会いに行けん」
「?」
「そう、決めとったんじゃ。俺があいつに会いに行くのは、戦で勝った時だけ。あいつに会うために、俺は戦っとった。負けたらもう……会わんと決めたんじゃ」



呟く彼の声は少し掠れていて。
きっと、まだ未練はあるのだろう。
彼女が好きで、彼女のために戦って、ずっと勝ち続けていた彼は、初めて味わった敗北で彼女を失ってしまったのだ。
のろのろと立ち上がって、昇りゆく朝日を見つめながら彼に近づく。
辺りに飛び散った血が彼の傷の深さを物語っていたけれど、これだけ元気ならば大丈夫だろう。
素人の俺が治療しようとしたって、出来ることは限られているんだし。



「彼女に何か……伝えることはあるかな?」
「そーじゃの……もう、会いに行けんと伝えてくれ。幸せになりんしゃい、と。あと……愛しとった、って言って」
「分かった」



深く一度頷いて、彼の傍の剣を手に取った。
代わりに自分の剣をその場に残す。



「これ、貸してくれるかな」
「ええけど……普通の支給品じゃぞ」
「うん、それでも良いんだ。君の物が欲しかったから」
「好きにしんしゃい」



彼は呟くような声で言って、ゆっくりと目を閉じた。
一瞬、死んだのかと思ったけれど、規則正しい寝息が聞こえてきて安堵する。



「こんな所でよく眠れるね」



まだ周りでは小さな戦闘がいくつも起こっているのに。
その騒音から切り取られて世界で彼は眠っている。
浪間の音を子守唄に眠る、小さな幼子のように。
今まで見たどんな表情より、穏やかな顔をしていた。
目に焼き付けるようにその顔を見つめ、素早く踵を返す。
敵が周りにいないことを確認してから、その場を後にした。

一度も、振り返らなかった。
そこに残したものは、何一つ無かったから。









彼との戦いで疲労した体に鞭打ち、人気のない街を走る。
微かな光で明るくなりつつある街を進み、初めて彼女と出会った街角に辿り着いた。
前回走った記憶を呼び起こしながら、裏路地に飛び込む。
ぐねぐねと回る道を半ば勘で走りぬけ、どうにか以前と同じ所に出た。
ここまではまだ良い。問題はここからだ。
彼女が去っていた方向は知っているけれど、彼女がどこに帰ったのかは知らない。
どの辺にあるのかさえ、分からないのだ。

花が植えられている一角を駆け抜け、荒地を闇雲に走り出す。
あてどなく進むうちに、足元にあるそれに気づいた。
思わず立ち止まって、じっとそれを見つめる。

色とりどりの、花びら。

それはまるで道筋を残すように途切れ途切れに続いていて、まるで俺を案内しているみたいだった。
一瞬だけ迷って、けれどすぐに走り出した。
他に何の手がかりもないのだ。追いかけるしかないだろう。

一体、どれほど走っただろう。
一瞬のような、永遠のような、奇妙な感覚だった。
目の前に大きな建物が見えてきた。
入口には大きな門が建てられていて、そこには見張りだろう男が二人。
迷わず剣を抜いて、停止することなく門に駆け寄っていく。



「何者だ!止まれ!」
「止まらないと容赦はしないぞ!!」



叫ぶ声が耳に入って、でも気にはならなかった。
切りかかってきた一人を切りつけ、もう一人を思い切り蹴り飛ばす。
彼らには一瞥もくれず、門から続く道の先の扉を開いた。
目に飛び込んできたのはたくさんの女と、少数の男。
女の悲鳴と、男の罵声が耳をついた。



「誰だ、お前は!ここをどこだと思ってる!剣を振り……」
「どけ!」



口上を喋り始めた男に体当たりを食らわし、素早く辺りを見回した。
彼女は叱られて、閉じ籠められるのだと言った。
彼は、彼女はきっと地下室に謹慎になると言った。
だから、地下室を探せと、そう助言してくれた。



「……あった」
「おい、待て!」



部屋の隅にある小さな扉。
質素な造りのそれが、きっと地下への入口だろう。
俺がそちらに向かって走り出すと、茫然としていた男たちが動き出す。
わらわらと虫のように群がるそいつらに剣をお見舞いし、扉についていた鍵を剣で叩き壊す。
無理矢理開いた扉の向こうは薄暗い、下降する階段が続いていた。
迷わずそれを駆け降り、暗がりの中で叫ぶ。
ただただ、彼に教えてもらった名を呼んだ。



「瑠璃!」



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