今までにないくらい静かな、清浄な暗闇がその場を支配していた。
雲ひとつない空に浮かぶ月が、俺達を照らしだす。
移動が始まったのは夜明けだったけれど、戦が始まったのは日が落ちてからだった。
敵が目と鼻の先に居る状態で睨み合い、それで何時間過ごしただろう。
緊張状態が最高潮に達したころ、燃えたぎる血のような夕日が沈み、空に鏑玉が上がった。
その煙は夕日に負けないほど毒々しい赤。
開戦の合図だった。

雄たけびを上げて走る兵士たち。
指示を飛ばす指導者と、物資の供給に走る衛生兵。
終わらない戦だと格好良く言ってみても、所詮戦は戦だ。
敵味方入り乱れ、無様に剣を振り回し、殺されないように殺すだけ。

兵士の一団が俺の目の前でぶつかり合い、その瞬間悲鳴が上がる。
一体、何人が斬られ、地に倒れ伏したのだろう。
乱闘を一瞥し、俺は一人で進行方向を変える。
背後で指導者が叫ぶのが聞こえたけれど、そんなものに従うつもりは毛頭なかった。

俺が目指すのはただ一人。
月の髪を持つ、彼だけ。

ぶつかり合う人間の向こう側を見透かし、あの目立つ髪が見つかりはしないかと目を凝らす。
乱闘のせいで上がる土煙が視界を塞ぎ、彼を探せそうにない。
小さく舌を打ち、さらに目を細めた。
早く見つけないと、俺まで乱闘に巻き込まれてしまう。
もう少し離れようかと思い、踵を返した瞬間だった。



「どこ見とるんじゃ?俺はここぜよ」



振り向くと同時、真上から剣が降ってきた。
地面を転がるようにしてそれを避け、急いで体勢を立て直す。
奇妙な方便、銀髪、金色の瞳。
確かに、彼だった。



「久しぶりだね」
「そーじゃな。じゃけど、これが終わりじゃ」
「そうだね。これで終わりだ。どっちが勝つか、決めよう」
「………」



彼は無言で剣を構え直し、同時に瞳から感情が消えた。
どこまでも機械的な光を放つ、無機質な瞳。
それをしっかりと見据え、ゆっくりと口を開く。



「ねぇ、君に遊女の知り合いはいる?」
「……なんじゃ、急に」
「俺に一人、知り合いがいるんだけどね。その子が君の事知ってるんだって」
「まさか、瑠璃の事か?」
「瑠璃、っていうんだね、あの子。俺、名前は知らないんだけど」
「あいつの口から兵士の事なんて聞いたこと無か」
「俺も少し前初めて聞いたんだ。というか、聞かれたんけどね。銀色の兵士を知っていますか、って」
「………」



下ろしたままだった剣を引き上げ、正眼に構えた。
剣の輝き越しに、彼と向かい合う。
周囲の雑音が完全に消え去った。



「知ってるって答えたら、泣かれちゃった。選べるわけがないでしょう、って言ってた。君も彼女に何か言ったの?」
「また会いに行くと、言ったんじゃ。これが終わったら、会いに行くって」
「そっか……。俺はさ、一緒に逃げようって言ったんだ。俺が守るから、どこかへ逃げようって」
「できる訳がないじゃろ。どれだけの人間に追われると思っとんじゃ。無事に生きて国を出られるとは思えん」
「知ってるよ。承知の上だ。でも俺は、彼女のためにそうしたいと思ったんだ。俺の命を捨ててもいいから、そうしたいって。だから俺は───…」



彼の金色が揺らいだ気がした。
悲しむように、怒るように。
そしてどこか、躊躇うように。



「君に勝つ。彼女の所に行かなくちゃならないんだ。彼女を逃がしてあげなくちゃならないから」
「俺もそうじゃ。俺もあいつの傍に行く」
「なんだか、初めて殺し合う気分だね」
「……そうじゃな」
「決着を、つけよう」
「……あぁ」



揺らいだ瞳はもう消えていた。
そこにあるのは決意のこもる、強い瞳。
その先にあるものは、俺が望んでいるものと同じだ。

剣を握る手に思いを込めて、静かに一歩を踏み出した。
同時に彼もこちらに向かって走り出す。
迷いはない。躊躇いもない。
敵を切って、帰って彼女の下で笑うんだ。

一瞬、泣いていた彼女の顔が浮かび上がった。
選べない、とその唇が動く。
彼女が選べなかったもの、それは─────…。

冷たい夜風を切って、二人の剣がぶつかった。



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