静かに、全ての関係を断絶するかのように閉ざされた扉の向こうから、素早く立ち去る足音が聞こえた。

彼は怒りを抱いているだろうか。
こうすることでしか彼の事を守れなくなった俺達に、彼は失望しているだろうか。

隣を見上げると、瞳の細い友人が困ったようにこちらを見ていた。
静かに首を振り、諦めていることを伝える。



「こうなることは予想していた。仕方のない事だ」
「これで俺達の友情も終わりかもしれないな」
「そう悲しい事を言うな、蓮二」



諌めるように言ったものの、その感想は俺も抱いていた。
長年続いてきた腐れ縁とも言えそうな繋がりも、もう切れかけている。
道を違えたあの日に揺らぎ、そしてそれからの日々がそれを風化させた。
摩耗していくお互いの感情に、最後まで誰も気づかなかった。
距離が離れているせいで、何一つ気づけなかったのだ。

もう彼は俺達の前に姿を現さないだろう。
どれだけ召喚してみても、応じないに違いない。
変わってしまったのは俺達だ。
昔のように、力を貸してくれと、そう言えば良かったのに。



「新たな指導者候補は俺が考えておこう。精市にはもう何も望めまい」
「ああ、そうだな。申し訳無いが、頼む」
「何を言っている。申し訳無いなどという感情は抱く必要はない」
「……ああ」



全てを振りきったように迷いない口調で話す蓮二を見上げ、そしてあの日の事を思い出す。
今も鮮明に覚えている。
そう、まるで昨日の事のように。









告げられた言葉は、予想だにしていない言葉だった。
何と返事を返すべきなのか見当がつかず、ただただ沈黙する。
目の前に何かに怯えたように笑う彼は、静かに俺達を見つめていた。

最初に、軍役等級試験を受けようと言ったのは俺だった。
戦争が始まり、誰もが徴兵される。
国のため、と口ずさみながら戦場に赴き、そこで死ぬのだ。
それを運命として受け入れるのは耐えがたくて、だから位が欲しかった。
人の上に立てば戦争を動かせるし、誰かを助けられるかもしれない。
身動きはとりにくくなるかもしれないけれど、それでも良かった。
誰かを救えるならば、何でも良かったのだ。

なのに、彼は。



「精市、それは事実か?」
「そうだよ。もう一度言おうか。俺は────軍役等級試験は受けない。位なんて、欲しくない」
「何故だ!今までずっと同じ道を歩いてきたではないか!?」
「これから先の道が同じだなんて、一体誰が言ったんだ?戦争でたくさんの家族はばらばらになり、死に際に会えない事も多い。そんな世の中で、血の繋がらない赤の他人同士の道なんて、どこかで別れてしまうに決まってる。今までは平和な世の中で傍に居られた。でも、これからは────…」



彼は言葉を濁し、俺の目を見つめたままゆっくりと首を振った。
その目に宿る悲しみと諦めが、心に沁みて痛い。
そんな目を、して欲しくなかった。
いつものように、笑っていて欲しかった。



「さよならだよ、真田、蓮二。今までの日々はとても満たされてた。俺は、幸せだったよ」
「……何故、離れなければならないんだ、精市?」
「仕方がないだろう。俺は一兵士としての訓練学校に向かう。お前たちとはもう会えないよ。上層部と一般兵の差は、雲泥と言っても良い。知っているだろ?」
「そうだ……な」
「幸村、考え直せ。位を取らなくても良い。だが、別離することはないだろう?」



彼はその瞳に宿る悲しみを濃くし、ただ首を振る。
何度も何度も、全霊をこめて何かを否定するかのように。
そしてそのまま、彼は俺達に背を向けた。
思っていたよりも小さく見える背中に、何が圧し掛かっているのだろう。



「駄目なんだよ、それじゃ。俺とお前たちは離れなくちゃならない。もう、傍にはいられないんだ」



背中越しの言葉。
彼の表情は見えなくて、けれど。
彼の望んだ別離ではないのだと、その震える声が伝えていた。



「……さよなら」
「幸村!」
「………弦一郎」



追いかけようとした動作は、蓮二に止められた。
見やれば、深く俯いた蓮二の姿が見えた。
その姿があまりにも罪深い人間のようで、思わず足を止めた。
そのすきに、彼の背中はとても遠くまで行ってしまう。

追いかけたくて。
でも、足が動かなくて。
もう手の届かない背中に、伝えたい言葉があったはずだ。
けれど、それはどこかに消えてしまった。
心の奥の、深い所に落ちてしまった。
もう二度と、届かないだろうか。
届けるチャンスは、もう来ないのだろうか。

ゆっくりと昇り始めた朝日の向こう側で、上がる戦火が見えた気がした。



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