夜明けという時間は人が少ない。
軍司令部に向かう途中、すれ違った人は一人もいなかった。
前日に戦が起こっていたのだからなおさらだろう。
誰しも、巻き込まれるのは御免なのだ。



「蓮二」
「どうした?」
「何だか懐かしいね。昔は、三人でこうして街を歩いた」
「ああ、そうだな。戦争が始まってすぐ、だったか」
「そうだね。まだ戦もそんなに起こっていなくて、この街ももっと栄えていた頃だ」



今ではもう、見る影もないその栄光を思い出し、微かに笑う。
形ある物はいつか壊れる。
何物にも永遠なんて無い。
進み始めた時計の針を、止めることはできない。
それを戻す事も、また。

朝日に照らされる街を見つめ、過去の情景を思い出す。
今でも鮮明に浮かぶそれは、目に映る景色と少しも一致しなかった。



「呆気ない崩壊だな」
「それだけ、戦争の被害が大きいということだよ。毎日、どれだけの人が死んでいるんだろうね」
「兵役に働き手を奪われ、生活がままならない所が多い。そこまで手が回らないのも事実だ」
「人間は脆いからね。死んでしまえば、戻ってこないし」
「その通りだ。だからこそ、俺はお前が心配なんだ」「心配しなくて良いって、何度言えば分かってもらえるのかな。俺は死なないって言っただろ?」
「その過剰な自信はどこから来るんだ?お前はきちんと軍人学校に通ってさえいないのだろう?」



確かにその通りだった。
病床についていた頃に徴兵され、軍人学校には通常の半分以下しか通っていない。
つまり、戦法訓練を一切行っていないのだ。
そんな俺がどうして勝てているのか、自分でも不思議なのだけれど。



「勝てているんだから文句は無いだろ」
「……その通りだな」



ため息交じりに頷いた蓮二は、やっと見えてきた建物に目を向けた。
軍司令部。つまり、上役や上層部の人間が立てこもっている基地だ。



「行くぞ。あいつは人に待たせられるのを嫌う」
「……知ってるよ」



長い付き合いなのだから、と口の中で呟く。
こうして会うのは、ほぼ一年ぶりになるのだけれど。











分厚い扉を蓮二が押し開けると、その向こうに見えたのは豪華な装飾をされた部屋。
彼からすれば過剰装飾なんじゃないかと思うくらい、ごてごてと煌びやかだ。
その中に収まっている彼が、異物のように見えて仕方がない。



「良く来たな、幸村」
「久しぶりだね、真田」
「俺の事は無視か?」
「いや……御苦労だった、蓮二」



冗談だ、と蓮二が笑うと彼も笑った。
意外と、昔と変わらない口調で話ができて、この関係も変わっていなかったのだと実感する。
子ども時代は三人で泥まみれになって遊び、そして大人になって別離した。
昔はずっと一緒に居られると思っていたけれど、それを裏切ったのは俺だ。
俺だけがどの位もとらず、彼らから離れた。
ただ一人、孤独に闘うことを選んだ。
彼らは、それについてどう思っているのだろう。
怒りを、抱いているのだろうか。



「で、俺を呼び付けたのはどんな理由?」
「ああ、そうだったな。では、本題に入ろうか」
「うむ、そうしよう」



彼は重々しく頷き、手を軽く動かしてソファに座るよう促した。
それに従って、座り心地の良いソファに腰を下ろす。
向かい側に蓮二と彼が座った。



「これは噂というか、まだ完全に決定してはいないのだが……そろそろ、大きな戦が起きるかも知れん」
「大きな戦?そんなもの、しょっちゅう起こってるじゃないか」
「違う。それよりももっと大きな戦だ」



彼が深刻そうに首を振ると、それを補うように蓮二が口を開く。



「相手側で戦争を終わらせようという動きが大きくなっている。結果、夜明けには終わらせていた戦を、終わらせずに続けるという計画が持ち上がっているようだ。もしもそれが実現すれば……決着がつくまで戦は終わらなくなる」
「物資の供給、兵士の補充、武器の交換と整備。その全てが戦いと同時進行になる。終わるまで、ずっとな」
「へぇ、別にいいじゃないか。いい加減、こんなものは終わらせた方が良いんだ」



たくさんの人々の生活を一転させ、壊し、消し去ってしまった戦争。
誰がこれの存続を願うのだろう。
誰がこんなものを作ったのだろう。



「精市の言う通りだ。今までこちらとあちらは均衡した戦力を保ってきた。だが、継続的な補充力がどちらが優れているのかは分からない。それが勝負を分けるだろう。それを円滑にするためには、有能な指導者が必要になる」
「それを幸村、お前に頼みたい」
「俺?どうして俺なのさ?」
「お前が頭がきれる。判断力も実行力も、そして実力もある。全ての素質を兼ね備えた人間だ」
「蓮二、俺は何度も言ったはずだ。俺はどの位にもつかない。俺はただの兵士で良いと」
「ああ、何度も聞いた。だが、それとこれとは別だろう?」



ちり、と脳裏に浮かんだ光景。
銀色の髪。銀色の月。赤い三日月。
あれが俺を待っている。
最後の戦場で、あの地上の月はきっと、俺の事を待っている。

同時に心に宿ったのは、二人に対する暗い怒り。
何度誘いを断ったと思っているのだろう。
それを爆発させてしまわないように押し止め、静かに息を繰り返す。



「幸村、頼めるか?」
「……イエス、とは言えない。俺はそれを望んでないからね」
「だが、これはめいれ……」
「そう、俺が断ったら命令と言って俺を従わせるだろう?」



じっと二人の顔を見ると、彼らは気まずそうに目を逸らす。
それを見ると、心に宿った怒りが消え、代わりに悲しみが浮かんできた。

昔はこんな会話したこと無かった。
三人で笑って、遊んで、傍に居られるだけで良かったのに。
どうして、溝が開き、距離が遠くなったのだろう。
命令だ、なんて言われた事なかったのに。



「どうしてそうなっちゃったのさ?俺の気持ちを考えずに、どうしてそうやって押し付けるんだい?命令命令って、何でもそうやって従わせて、それで君たちは満足?」
「精市……」
「昔はこんな事、話したこと無かったね。ずっと自然体で、面目とか体面とかを少しも気にせずに話せた。でも、今はどうして………」



どうして、こんなに遠い。
どうして、言葉が届かない。
どうして、気持ちが伝わらない。
どうして、どうして、どうして────…。

静かにソファから立ち上がると、慌てたように蓮二も立ち上がった。
その隣で、彼が不機嫌そうな悲しそうな顔で、じっと俺を見上げている。
その瞳に見覚えがあって、それを見るのが悲しくて。

場を取り成すように口を開きかけた蓮二を遮り、静かに首を振った。



「俺は指導者になんてなれない。悪いけど、他の人を探してくれるかな。俺は─────俺はあいつと戦いたいから」
「待て、幸村。あいつというのは、銀髪の人間か?」
「そうだよ」
「……気をつけろよ。あいつは強い」
「知ってる。俺と戦って、死んでないのはあいつだけだ」



言い捨てるように言葉を吐き出し、二人に背を向けた。
蓮二が何かを呟いて、それを彼が止める。
それ以上、二人とも何も言わなかった。

これが、本当の別離になるのだろうか。
あの時の俺達は笑っているのに、もうそれを見ることはできない。
背後で俺を見つめているであろう彼らは、きっとあの時と同じ顔をしている。


俺がただ一人、軍役等級試験を受けないと決めた時、俺を何度も責めたあの時と。
何故、と血を吐くような声で叫び、そして悲しい別れに涙を流したあの時と。


ふと、あの時の彼の瞳がどんなものだったかと思いだす。
おぼろげな記憶に浮かんだのは、先ほど見た瞳と同じもの。
後悔と自責、悲しみ、怒り、途方。
その全てが入り混じった、ほの暗い、深い闇の瞳だった。



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