血が、散った。
目の前が、赤く染まった。
それを紙一重で避ける動作も、刃を染めた血を振るう動作も、我ながら慣れたものだと思う。

激しい剣戟、誰かが上げた断末魔。
全てが遠いような、それでいてすぐ傍のような、そんな気がした。
後者が正解だと、分かってはいるんだけど。

ふっと、月の明かりが何かに遮られた。
地面に落ちた黒い影と、背後から響いた怒声。
振り向くと同時に剣を振るえば、真正面で鉄が衝突した。
重い一撃をどうにか受け止め、それを受け流す。
相手の一振りは重く、けれどそれにしなやかさは無い。
地に振り落とされた切っ先が土にのめり込み、相手の動きを抑制した。



「……あ、ああぁぁぁぁ!」



鈍い手応えと、頬に飛び散った温い液体。
それには見向きもせずに、倒れた相手をじっと見つめた。
手の中に残った感触は、確実に相手を殺したと俺に告げていた。
頬に飛び散った血を拭い、無造作に剣を振るった。
手に残っていた感触が、徐々に消えていく。

こうして人を斬るたびに、初めて人を斬った時の事を思い出す。

右も左も分からない戦場。
狂気に呑まれていた、大量の兵士。
その中の一人になった自分。
初めての手応えと、目の前で噴き上がった血潮。
それを見た瞬間、俺は確かに人を殺したのだと実感した。
堪えようの無い吐き気に負けて、その場で激しく嘔吐した。
それから後の事は覚えていない。
どうやって勝ったのか。どうやって帰ったのか。

ただ俺に残ったのは、生きるためには戦うのだという歪んだ条理。









戦場からの帰り道はいつも憂鬱だ。
汚れ、疲労し、今にも崩れそうな身体を叱咤して、ひたすら歩く。
家に辿り着くと、言いようもない安堵感に包まれて、その日も生きていられた事に感謝する。
そして、後は夢の世界へと旅立つだけ────だったのに。

今日はどうやら勝手が違うようだ。



「何をしているのかな」
「遅かったな。やられたのかと心配していたぞ」
「俺が死ぬはずないだろう」
「そうだな。お前の言う通りだ、精市」
「で、俺の質問に対する答えは?」
「今から、ついて来て貰いたい」



勝手に人の家に侵入し、さらには人の本を読み漁っていた人間としては、かなり威厳たっぷりに彼は言い放った。
細い目を僅かに緩め、皮肉気な笑みを浮かべて見せる。



「勿論、これは命令だ」
「誰からの?」
「将軍、からだな」
「へぇ。なんでそんな人が俺に会いたいのさ?」
「分かっているはずだ。それとも、俺に説明させる気か?」
「いいよ、聞くのが面倒だ」



そう言うと、彼はばつが悪そうに肩をすくめた。
それをきつく一瞥し、ため息交じりに口を開く。



「蓮二、別について行きたくないとか、そういう理由じゃない。でも、俺は今戦って帰ってきたところなんだ。少しくらい休ませてもらえないのかな」
「申し訳無いが、火急の用だ」
「……仕方がないね」



軍に所属する以上、上からの命令は絶対だ。
それは何度も言い含められたし、従わなければ殺されることもある。
もう一度深くため息をついて、黙って踵を返した。

背後から、彼が近付いてくる足音が聞こえていた。



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