目を開くと、真っ赤な三日月がそこにあった。
彼が言葉を発する度に歪むそれは、必ず小さな三日月に戻る。
時折真っ直ぐな軌跡を描いても、すぐに湾曲してしまう。

闇に浮かぶ白銀の髪は、まるで空の月のようだった。
誰の手も届かない月に、私の手なら届くような気がした。
それを掴めるような、そんな気がした。



「ねぇ」
「……ん?」
「どうして、私の所に来るんです?」
「んー……お前さんとおる時間が、楽しいから」
「どうして、笑っているんですか?」
「楽しいから、じゃろ。自然に口が緩む」
「だらしない口ですね」
「お前さんに言われたくなか」



拗ねたように顔を膨らませ、彼はにいっと笑ってみせる。
ああ、やっぱり彼の唇は湾曲している。
顔を膨らませながら唇を曲げるなんて、一体どういう芸当だろうか。
やってみようとしたけれど、どうしてもうまくいかなかった。



「どういう事ですか、私がだらしないって」
「こうして色んな男と遊んどるけん。俺だけじゃなかろ?」
「仕事なんですよ。仕方がないでしょう」
「だーらしない女じゃー」
「………」



謳うように、遊ぶように呟く彼の言葉は、的確に私の心を抉った。
鋭利な刃物のように、私の心をずたずたに引き裂く。

好きでやっているわけじゃない。
こうしないと、生きていけないのだから仕方がない。
自分を納得させようとそう呟いてみても、その言葉は虚しく弾けていく。
シャボン玉が割れるみたいに、あっけなく空気に融けていく。



「好きで、やってるんじゃないんです。私だって、本当は……」



本当は、家族みんなで生きていたかった。
お父さんにもお母さんにも、妹にも会いたい。
こうしていても希望がないというのなら、いっそのこと死にたいとも思う。
でも、自分で死ぬ勇気が無くて、こうして嫌々仕事をして、生きて生きて、浅ましく生き続けて。

気づけば自分のあまりの惨めさに泣きそうになっていた。
彼が目の前に居るというのに、恥も恐れもなく、泣きじゃくりそうになっていた。



「すまん、悪かった。じゃけん、泣くな」
「泣いてません」



声の震えに、気づかれただろうか。
身体の震えを、悟られただろうか。
彼は聡く、そして賢い。
けれど、彼は人の心にはとても疎い。



「泣いてなんかないです。もう慣れました」
「……さよか」



突き放すように言葉を紡いで、彼から視線を逸らした。
体温を感じる距離で、彼の事を絶対に見ない。
今見てしまえば、きっと涙が溢れてしまうから。
そんな情けない姿を、彼に見られるのは嫌だから。



「……のぅ」
「なんですか」
「触れても、ええ?」
「え?」
「お前さんに、触れてもええ?」
「……ふふ」



もう触れているようなものなのに。
それほどまでに近い所に居るのに。
彼の声が空気を伝わるたびに、その振動が私の身体を揺らす。
それほど近くに、いるというのに。



「ええ、どうぞ。いつも触れているでしょう」
「うん」



おずおずと伸ばされた手を取って、それを軽く抱き締める。
やはりそれはとても冷たくて、それを少しでも暖めたくて。
力を入れて抱き締めると、彼も手に少しだけ力を込めてくれた。



「……本当に、悪かった。無神経じゃった」
「もう気にしてませんよ。だから、あなたも気にしないでください」
「うん、でも……すまんの」



子どものように謝る彼を抱き締めたまま、部屋に沈殿している闇を見つめる。

何一つ、見えはしなくて。
耳元で響く彼の声だけが、私に生きろと言ってくれていた。



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