猫ノ鈴凛々
暖かな日差しが降り注ぐ穏やかな昼下がり。リヴ達が勤める天還宮には緊急時でなければ滅多に響く事のない叫び声が響き渡っていた。
「ヴァイス様ー!ヴァイス様ーーー!どこにいらっしゃるのですかー?ヴァイス様ー!」
「ヴァン?呼ばれているぞ?」
廊下から漏れてくる声を聞いたリヴはまさに声の探し主である彼をチラリと見た。
「呼ばれて出ていければここには来ていないさ」
昨日の彼からうって変わった様に今日のヴァイスからは余裕が感じられず、そんな様子をリヴは楽しんでいる様だった。
「慕われて居るんだからそう邪険にしなくてもいいんじゃないか?」
「私を慕ってくれるのは女性のみで結構だよ。それに、この状況は私にしたら重大な問題だ!…いや、死活問題かもしれないね」
「…死活問題?そんなに大変なのか?」
「…ああ」
「…コルトになにかあるのか?」
「大有りだ!朝方私の部屋に来るなりヴァイス様ー!私は一生貴方に着いていきます!なんて言い出したかと思ったら私の行動・言動・仕草から趣味までノートに取り出したんだからな」
「それぐらい許してやーー」
「許せるわけないだろう?朝から私の側をベッタリくっついてるんだよ。これじゃあ私が女性と遊べないじゃないか!?お陰で朝からまだナンパの1つも出来てないんだぞ?」
「…………」
呆れて言葉をなくすリヴを後目にヴァイスはため息をつきつつも窓から庭先で座っている女性達にヒラヒラと手を振っている。
「お前は一度禁欲しろ」
「リヴは一度女性の魅力を勉強してみると良いと思うが?」
「……はぁ」
もう何も言う気になれなくなったリヴはやりかけの書類に筆を走らせた。
「それにしても不思議だと思わないか?」
「コルトの事か?」
「ああ。昨日まであれ程私を軽蔑していた彼が一晩で急に私に一生着いてくるとまで言ったんだ」
「喜ぶ事だと思うが」
「コルトは昨晩私と迷い込んだ魔獣が遊んでいるのを見たらしい。それが心変わりの理由だろうが、偶然そんな場面に出会えると思うかい?リヴ?」
「……」
「魔獣が彷徨っていた昨日の夜は尚更警備も固い。私が放っておけとは行ったが新米天使が掻い潜れるやわな警備隊を配備してるつもりは無かったんだが・・・・いやぁ〜私も仕事が出来なくなったものだね」
「……ヴァ」
「にしても生真面目なあのコルトが抜け出しまでするとは思わなかったが、私も天警の任を降りた方が良いかもしれないなぁ〜♪なぁ?リ〜ヴ?」
「はぁ………もう良い。俺が悪かった。気持ち悪いから…止めろ」
ヴァイスは終始含みを聞かせながらリヴの前を右へ左へ体を揺らしながら最後には満面の笑みで彼の顔を覗き込んだ。
リヴは観念した自分の様子にご満悦なヴァイスを恨めしそうに軽く睨むとその後提案されるであろう彼からの和解案に一抹の不安を感じた。
「で、何をしたら良いんだ?溜まった始末書の整理か?コルトへの説得か?お前の苦手な経理補佐の説教の代理か?」
「まぁコルトの事は責任取って説得してくれたらそれで構わないが…今日1日の私の大事なナンパ時間が失われた事への慰謝料は………そうだな…………ふふふ」
大袈裟に考え込む仕草をするヴァイスの口から出た和解案はリヴの予想の斜め上を飛んでいった。
「ナ ン パ(ハート)なんてどうだろう」
「…は?」
思わぬ返事にリヴは実に間抜けな声が漏らした。
「前から思っていたが、リヴも女性の魅力を一度知っておくべきだと思ってね」
「…よりによって何故ナンパになるんだ」
「こんな事がなければ君は誘ったって絶対付き合わないだろ?だから慰謝料として今度の休務の時にでも私と下界へナンパに付き合ってもらうのさ」
「…はぁ。俺にはいらん事だがな」
「私が君に女性の魅力を教えてあげるよ♪楽しみだね。次の休務日が♪」
「くっ!……言っておくが付いていくだけだ!」
「ふふ……お節介も程々にするんだね」
リヴは自分のお節介の末路が思わぬ災難を運んできた事につくづくそうだなと思った。
「じゃあ手始めに彼を頼んだよ。私はこれからいろいろ忙しくてね」
数時間前の落ち込みが嘘の様に機嫌が直ったヴァイスは窓に写る自分の姿を確認するといそいそと部屋を出ていった。
「…なにが忙しいだ。女と遊びに行くのだろうが」
ボソリと災難元に毒を吐くもそれは彼の閉めた扉にぶつかり床に転がった。
「…さて。どう言ったら良いか」
純粋故に思い込むと止まらない、年若き天使の情熱を適度に冷ます。これは骨が折れそうだとリヴは椅子の背もたれに体を倒した。
「猫には首輪が必要だと思ったんだがな……」
[ 2/2 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]