自由ナ人、堅実ナ人

「……………」

「………………」

柔らかな明るい光が差し込む執務室で男が二人、机を挟み向かい合う。

どちらも先程から一言も言葉を発する事はなく、場の静寂を継続させていた。

一方はスッと整えられた髪に無駄のない簡素な衣装。机には問題の大小、それに伴う資料や参考書などが効率の良さを基準とし、綺麗に纏まり並べられている。
彼は目の前の書類に筆を走らせつつも時折もう一人の男の様子を気にしてはその度に小さなため息を漏らし少しずつ少しずつ眉間にシワを作り出していた。

向かいの男はと言うと、裕に腰までは有るだろう柔らかな長髪に首に腕にときらびやかな装飾品を纏い存在感は仕事をこなしている彼の非ではなかった。
片手で頬杖をつき机に斜めにもたれ、目の前で仕事をこなしている彼の眉間のシワの理由を知ってか知らずかニッコリと微笑み、実に楽しげに彼を見つめている。

「………おい」

「…なんだい?」

そんな異様な男共の光景も時を刻むと同じくして書類を進める男の眉間に深くシワが刻まれ切ると同時に動き出した。

「……ヴァン。いい加減に俺を見るのは辞めろ。仕事はどうした。暇なら自分の部屋にでも戻って寝たら良いだろう。」

ヴァンと呼ばれた男はその言葉に動じる様子もなく不機嫌そうな男に言い返す。

「今こうして大事な仕事をこなしている最中じゃないか。私はお前を見ているのが好きなんだよ。リヴ。」

「……俺を見た所で何もないと常々言って――」

「お前は綺麗だからね。」

「っ!……………」


なにをふざけた事を言うのかとリヴは驚いたが、直ぐに呆れ返り軽くため息をもらした。

「美しい女も綺麗な男も他にいくらでも居るだろう。自分の執務室にでも呼びつけて幾らでも眺めたら良い。」

「あんな自覚の有る【見せる美】は好きじゃない。だから私はここでお前を見てるんだろう?」

「………はぁ。」

「……良くわからんが、もういい。……勝手にしろ。」

こんなやり取りがもうこいつとは何度目だろうか。ヴァンの性格を知っていればこそ結果は分かっているがどうにも文句の一つも言いたくなる。

リヴはため息をつくとわざとらしくヴァンの視線を遮る様に書類の山を机に置くとまた書類に筆を走らせはじめた。

そんなリヴの態度をも判っていたと言うようにヴァンはクスリと笑うとゆっくり立ち上がり扉のある方へ歩きだした。




―――コンコン。


すると礼儀正しく二度ゆっくりとドアがノックされ、若い天使の青年がひょっこりと顔を覗かせた。

「失礼します」


「リヴ様お仕事中に申し訳ありません。実は、ヴァイス様が―――――――って!?ヴァッ、、ヴァイス様っ!!」

「ようやく迎えがきたか」

突然目の前に現れた探し人に驚く若い見習い天使の声に後ろで仕事中のリヴは安堵のため息を漏らし、ヴァンへとわざとらしく声を投げた。


「ヴァイス様こちらに居たのですか!探しましたよ!」

「私を?」

「実は先程魔界から迷いこんだ魔獣が天界の門付近を彷徨っていると言う報告があり、早急に事を解決せよとの命が出ております。部隊の編成と出撃の命を――」

「放っておけ。」


上司から出された予想だにしない返答に若い天使は言葉を詰まらせながらも直ぐ様声を荒げて話を取り直す。

「…は?でっ!ですがっ!?」

「迷子になったのならそのうちに家が恋しくなって自分からどうにか魔界まで帰るだろうさ。」

「なっ!なにをふざけた事を言っているのです!もし門が破られる様な事があればどうするのですか!?」

「別にふざけているつもりはないが、君はもう少し落ち着いたらどうかな?」

「なっ!これが落ち着いていられますか!…こうしている間に門が襲われる可能性だってーー」

「…はぁ。……ここは騒がしいな。リヴ、私は気分転換に散歩にでも行って来るよ。邪魔したね。」

「ヴァイス様っ!?ーー」

ヴァイスは後ろで声を更に荒げる部下に背を向けると執務室の天窓を仰ぎ真白な翼を柔らかに広げた。

「…気を付けていけ」

「たかが散歩になぜ危険が有るって思うのか。ふふっ。変な奴だな。」

首を傾げつつも嬉しそうに微笑むとヴァイスは軽くリヴに手を振り天窓から光の中に消える様に飛んで行った。

「ヴァイス様ーっ!?……ああ。行ってしまった…。どうしてあの方はああも自由なんでしょうか。ご自身の責務を全く果たされない。はぁ………なぜあの様な人が天界の均衡と平和を守護する天警総将なんでしょうか……」

相手にもされず置いてきぼりを食らったい見習い天使はヴァイスへの不信感を漏らしながらその場にヘナヘナと座り込んだ。

「……あいつが天警総将に相応しいからこそ長く均衡と平和が保たれている。それより戻ったらどうだ?用件の主はもういないが?」

「ああっ!そうでした。では私も失礼します!」

「……はぁ。どうしたら〜……」

すっかり意気の下がった彼は肩をすくめながらとぼとぼと扉に向かい歩きだした。

「………私も…」

「…え?」

「……私も放って置いて問題はないと思うぞ」

「リヴ様までなにを………」

「あいつが仕切ってる天警部隊だ。万が一に門が破られてもさして騒ぎにもならんだろう。まぁ、万が一も起こらんだろうが。……あいつを信じてやれ。」

「…………僕にはまだあの方は良くわかりません。自由過ぎて」

「……そうか」

「……すいません。失礼します。」

まだ彼の下に付いて間もない彼は不満気な様子のまま執務室を後にした。

「自由な人…か。まぁ、間違ってはないがな。」

残されたリヴはヴァイスが出ていった天窓を見上げながらぼそりと呟くと、ようやくゆっくりと自分の仕事に手をつけれるなと目を細めた。






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