長い夏が終わろうとしていた。耳をつんざくような蝉の声が、少し変化している。少数だけれど、ツクツクボウシの鳴き声が混じっているのがわかった。間違いなく奇跡は秋を迎え入れる準備をしている。まだぐずついているわたしたちを横目に。

わたしたちの夏も、確かに終わりを告げていた。全国大会が終わり、三年生は部活を引退し、受験のために勉強しなければならない。生活はがらりと変わる。秋に季節を素直に明け渡したくないのは、この手がからっぽだからだろうか。握られるはずの優勝カップはない。なおさら実感が湧かないのは少なくともこれのせいであると思う。

みんな暗い表情をしていた。赤也は目に涙を溜めている。全力を尽くした結果なのだから、受け入れなくてはならない。けれど悔しさが消えるわけじゃない。帰り道、重い空気が漂う。

「…あっちー!堪えらんねえ!おい、赤也、ついて来い!」
「えっ?え?なんスか?」
「つべこべ言わず来い、ジャッカルも!」
「俺もかよ!」

ブンちゃんが赤也の手を引き、赤也が道連れと言わんばかりにジャッカルを引っ張って、五メートル先に見えている公園に入っていった。訝しげにそれを見つめる真田、幸村、柳、柳生。仁王はにやついて三人のすぐあとについていった。仕方なしに全員ブンちゃんにならって公園に入る。そこでブンちゃんたちは、水道を使って水浴びをしていた。

「なにをやっとるか!それでもし風邪でも引いたら…!」

既に制服びしょびしょだから意味ないのに、真田が激昂する。そんな真田にブンちゃんがびしゃーっとうまく蛇口に手を当てて水を真田の顔に直撃させた。ブンちゃんと赤也と仁王は爆笑して、わたしも幸村も爆笑して、ほかのメンバーはばれないように笑う。当然再度真田が激怒したところで、意味不明の水かけ大会が始まる。ゲリラ豪雨にあったかのように全員がびちゃびちゃになったけれど、みんなどこか楽しそうだった。かくいう真田も途中から怒りは収まったようだし、一番怒りそうな幸村も微笑んでるだけ。わたしはパンツが濡れることだけは避けたかったから、ひとり輪からそっと抜けてシーソーに座る。気温は高いけれど、日が暮れてきたから乾きはしないだろう。でも、不思議と頭にこなかった。

「ピンクのブラか。意外だな」

セクハラ発言とともに、ガタッとシーソーが動いて、わたしは宙に浮く。幸村が反対側に笑顔で座っていた。

「ちょっと。宙ぶらりんは嫌なんだけど」
「夏子は重そうだから、俺が浮くと思ってたんだけど。これも予想外」
「さっきからやけに失礼だな」
「やだなあ。褒めてあげてるんだよ。夏子はかわいくて軽いって」
「このやろう」

全身全霊で自分の応援してくれた人間に対して言う言葉じゃない。そう不満を抱いたのと同時に、試合のことを思い出して気分が暗くなる。せっかく少し忘れていたのに。
幸村はそんなわたしを相変わらずにこにこ見ていた。幸村も制服は水浸しで肌に張り付いている。鍛え上げられた筋肉が透けて見えた。華奢に見える幸村も結構ムキムキで少し驚く。儚く繊細に見えているのは、入院していたことがいまだに色濃く記憶に残っているからだろうか。実際はそうでもない。…無論、これは誉め言葉だ。
初めて会ったときのことを思い出していた。幸村の筋肉も、はじめはあんなに立派じゃなかった。あれから随分時間が経過したような、早すぎるような。これでわたしたちは部活を引退する。当たり前だった優勝が手からこぼれ落ちたように、当たり前だった日常も簡単に、あっという間に消えてしまうのかな。わたしたちは今までと何も変わらずにいられるだろうか。

「何?さっきから俺の体ジロジロ見て。そんなに気になる?」
「は、はあ?!べつにそんなに見てないし!」
「大丈夫、なにも変わらないよ」

全く脈絡ない言葉に、はっと息をのむ。エスパーかと思った。からかうような意地悪い笑みではなく、その目は柔らかく優しげに弧を描いている。

「俺達の仲が変化するとでも?重ねた月日はなくならない」
「…」
「変わるのは、季節だけ。そうだろ?」
「うん」
「だったらそんな情けない顔するなよ。ブスに見えるから」

言いたい放題の幸村をいつもなら怒るか言い返してやるところだけど、今はそんな気が起こらない。すべてふっ切ったような清々しい笑顔でわたしを見つめるから、わたしまでも暗い気持ちとか言い様のない不安とかどうでもよくなった。さっきまで 宙に浮いたこの状態が不満だったけれど、見晴らしもよくてなかなかいい感じに思える。こうして幸村も見 下せるしね。

「あーっ!部長が夏子先輩とイチャイチャしてる!!ずるいっスよ!」

赤也が大声をあげて駆け寄ってくるその後に、ほかのメンバーもぞろぞろと集まってきた。シーソーに赤也が飛び乗って、がたりと音を立てて傾き、わたしは地上に戻る。かわりに幸村が宙に浮く。空と、幸村の顔。まるで胴上げしたかのよう。夕日に照らされながら、幸村はもう一度笑った。

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