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「じゃあ、俺の家にくれば」
「ん?」
耳を疑った。
思わず固まる七海に、彼は言葉を続ける。
「二LDK。男二人住むのに十分な広さだろ」
二LDK? 住むって誰が?
混乱する頭の中で一つだけわかったのは、先ほどの言葉が、聞き間違えなどではなかったということだけだ。
「いやいやいや、ちょっと待って」
「家賃はいらない。かかるのは生活費だけ。こんないい物件他にないと思うけど?」
「そ、そういう問題じゃなくて!!」
彼の口調や表情は、いたって真剣だった。冗談を言っているようには見えない上に、至極正論を述べるかのように淀みなく紡がれる所為で、なにも問題がない――どころか酷く魅力的な誘いに聞こえてしまう。
七海は慌てて頭を振った。
「お、俺と君今初めてあったばっかだし! それはさすがに、変な気が、」
素性もわからないやつと一緒に住む、なんて常識では考えられないだろう。七海には彼がなにを考えているのかさっぱりわからなかった。
だが、ブンブンと必死に首を振る七海からそっと視線を逸らした彼は「そうかな、」と呟いて、
「一人暮らしって結構寂しくてさ、一緒に住んでくれる人探してたんだよね。あんたいい人そうだし、ちょうどいいと思ったんだけど」
と、節目がちに――少し寂しげに告げた。
それはまるで、七海が悲しませてしまったような反応で。自分が酷く悪いことをしている気分になった七海はうっ、とたじろぐ。
ダメ押しと言わんばかりに、彼はその男前な容貌で、はにかんだ。
「……俺さ、一人暮らし長いから料理も上手いよ。一緒に住んでくれるなら三食手料理つき。毎日コンビニ弁当ばっかはしんどいでしょ?」
「!!!?」
きゅるるるる、となった腹は、静かな公園で盛大な音を立てた。
七海のバイト先はコンビニで、まかないはないがタダで貰える賞味期限切れの売れ残り品が主な食事だった。だから『手料理』という魅力的な言葉に、身体は正直に反応する。
あれ? なんでコンビニ弁当ばかりだってことを知っているんだろう。
そんな疑問は、この時の混乱した頭からはすぐ様はじき飛ばされた。
「ほら、とにかく家においでよ。腹減ってるんだろ」
あっと思う間もなく手を取って立たされ、引きずられる。七海はただ戸惑うばかりで、わけもわからないまま自分の手を引くその力に従った。
振り払うこともできたのにそうしなかったのは、掌から伝わる温度に驚いたからだ。とても温かくて、離してしまうのがもったいない気がした。
「…………………卵焼きもある?……」
「作る。作るよ。プリンだってつけるから」
――人と手をつないだのなんて、何年ぶりだっただろう。
昔のことなど覚えていないが、その温もりに酷く安堵したことは、今でも覚えている。