11
「七海さん大丈夫?」
行き先も告げずつれて来てしまったわけだが、気分を害していないだろうか。
だが相手は七海だ。心配せずともきっと、大丈夫だとほんわりとした笑顔を見せてくれる筈、と振り返ったのだが――
「うんー…」と。
返ってきたのは心ここにあらずという、大丈夫なのかわからない返事で。
「七海さん?」
その、なにか気にかかることでもあるような浮かない面持ちになんだか嫌な予感がして、蜂谷はおそるおそる問いかけるように彼の名を呼んだ。すると七海は、どこかぼんやりとしたまま蜂谷を見返し――「あのさ」と口を開く。
そして、
「さっきの女の子って、彼女?」
爆弾を投下した。
――聞き間違えだったら、どんなによかっただろう。
蜂谷は驚きから、「は」の形のまま開いた口がふさがらない。
本当に唐突だった。
今まで彼の口からそんな浮いた話題がでることなどなかった上に……『さっきの』とは誰のことなのか、さっぱりわからない。彼女に見えるような、親しげに接した生徒などいなかった筈である。
「――そんなまさか。…っていうか、俺、彼女なんかいないよ」
「そっかー」
だがそこで、ピンときた。なぜ彼が急にそんな話題を気にしだしたのか、思い当たる節が一つだけある。
「……もしかして、うちの生徒からなにか聞いた?」
自分に彼女ができたという噂。
数ヶ月ほど前から囁かれだしたそれが、最近では事実だと認識されつつあるのは、あえて蜂谷自身が否定しないからだ。
おそらく、クラスに案内をした生徒にでも聞いたのだろう。どういう経緯かはわからないが、クラスに到着するまでの間、蜂谷の知り合いだという七海との話題になっていてもおかしくない。
うん、と頷く七海に、蜂谷は苛立ちを抑えるように、はぁ、と小さく息を吐いた。
「……信じてないよね?」
「うん、それは今聞いたから」
ああ、よかった。
七海にだけは誤解されるわけにはいかなかったから、あっさりと頷いた彼にほっと胸をなで下ろした。