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どうやらこの学園でもそれは衆知の事実らしい。そう言えば、一部を除ききゃあきゃあわあわあと騒ぎはするが無闇に話しかけてくる者はいなかったなと、改めて思い出す。
だがそこまで考えて、ふと思った。
それならば、今目の前にたつこの少年もまた、やっかまれることになるのではないかと。
と、不意に彼と目が合った。鳩の内心を察したかのように、彼の唇がにっ、と弧を描く。
「オレなら大丈夫だぜ! 名乗り遅れたけどオレは芳眞篝。――『芳眞』ってさ、『鞍眞』の有力な分家なんだよ。だから僻む奴がいても文句は言えないっしょ」
『鞍眞』の名に、鳩と――そして結斗もピクリと反応した。思い出されるのは勿論、生徒会長だという橙色の髪をした生徒の、食堂での傍若無人な俺様っぷりだ。
鳩でさえ今思い出しても苦々しさしか感じられないそれに、結斗はあからさまに眉間に皺を寄せている。芳眞篝、と名乗った少年はそんな反応を気にした様子もなく、むしろおもしろがるようにカラカラと笑った。
「食堂で嵐さんと揉めたんだろ? ごめんな〜あの人思い立ったら一直線でさ。でも根は悪い人じゃないんだぜ」
おそらく食堂でのことは学園中に広まっているのだろう。予想はしていたため驚きはしないが、篝の言葉に鳩はおや、と思った。
どうやら彼と生徒会長である鞍眞嵐はそれなりに親しい間柄らしい。『悪い人じゃない』と言われても想像に難いが、篝の笑みは邪気のないあっけらかんとしたそれで、無条件に信じてしまいそうになる。
だが結斗は、じろりと篝を睨み上げた。