さらさらとした心地の良い風が吹いていた。
 天候は快晴。空には一面に青が広がり、あたりは草木が揺れ緩やかに流れる川の音が清々しさを助長している。

 ああ、と薺は思った。
 最初はここがどこなのか、なぜこんなところにいるのかわからなかったが、懐かしさを感じる光景を見ている内に、この場所が過去訪れたことのある地であり、そしてこれが分の記憶の一場面であることに気がついた。
 まるで過去の地に立っているかのように鮮明に流れる光景。
 薺は不思議と冷静に夢を見ているのだと確信しながら、ただただ、視線の先にある幼き自分の背中ともう一人、川辺に座る少年の姿を朧気に瞳に映し続けた。


「――派手にやられたな」

 それが幼い自分の声であることは嫌でもわかる。
 今より若干高く、だが淡々と紡がれる大人びた声。我ながらさぞ可愛げのない子供だっただろうという感想を抱いてしまうほど、硬質な声音だった。

「こんなの全然痛くねーよ、薺」

 ドキリ、とした。
 くるりとこちらを振り向いた――正確には幼い薺をだが――同じく幼い鳩の、少年らしい幼さの残る声に幼い容貌、そして躊躇いもなく薺の名を呼ぶその懐かしい姿に、胸の奥に熱いものが走る。
 それは今や、失ってしまった彼の姿だ。
 手を伸ばしたくて、触れたくて。だがただ傍観するしかできないことを漠然と理解している薺はぐっと掌を握り締め、代わりにその一挙一動を焼き付けるように見つめ続けた。

「また候補者の奴らに絡まれたのか?」

 ざっざっ、と小石混じりの土を踏みしめ鳩に近づく幼い自分。断片的な場面に突然割入ったようなものだが、これは過去の記憶だと、断言できるほど薺はこの光景を覚えていた。だから幼い自分がこれからどんな言動をとるのかを知っている。そしてなぜ彼――幼き日の鳩が、擦りむいた膝や殴られた痕が至る所に残る傷だらけの姿でいる、その理由も。

「……結には言うなよ」
「馬鹿。こんな赤くなってんのに隠せるわけないだろ。口端切れてるし」
「いっ!? いいいっだいって!!」

 むに、っと柔らかな頬――しかも殴られた箇所をつねられた鳩が、飛び跳ねて涙目になりながら叫ぶ。
 目頭に涙を溜めながら睨んでくる鳩が可愛くて思わず薺はふっと頬を緩めたのだが、幼い自分もまた、その感情の意味もわからぬ癖に同じように笑んでいる様子に苦々しさを感じた。
 薺にとって幼い自分は愚かでしかない。高慢で早計。自分の想いばかりを先行し思慮に欠ける愚かな子供だった。

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