カチ、カチ、カチ、カチ。
静閑とした部屋の中に規則的な音が響く。衣服の衣擦れさえ聞こえるほど静かな部屋だからこそ聞こえるその小さな音の所在は、ソファーの傍らに立つ男の胸元――首に下げられた小さな時計から奏でられていた。
その男が手にしているのはコップだ。中にはミルクと砂糖がたっぷり入った、もはや珈琲とは呼べない代物が温かな湯気をたてている。
それは男が、ソファーに気怠げに横になった己の主である少年のために今し方用意したものであった。
男が少年と出会ってから早十年が経とうとしている。好みなど熟知しているため、なにを言われるでもなくそそぎ入れ、差し出すようにテーブルの上へと置いた。
カチャン。コップが音を立てると同時に、少年が上半身を起こす。そして緩慢に告げた。
「なんだかどいつもこいつも大したことなさそうで拍子抜け。――全部、おまえが望んだ通りに進んでるよ――硯」
硯、とは男の名だ。
男はわかっていた。つまらなさそうに、だがしかし上目使いで見上げてくる少年がどんな言葉を男に求めているのか。
「――ええ。貴方は素晴らしい才をお持ちです。私の想像以上の結果を残してくださる」
猫なで声、とはこのことだろう。少年が男に発する声音はまるでしなだれかかるようなそれで、男に誉めてほしいのだという想いがありありと醸し出されていた。
だから男は、少年の望み通りの言葉を告げて微笑む。
ただあくまでも――形だけ。
心を伴わない言葉だが、男が浮かべる上辺だけの優しい微笑に見入っている少年が気づくことはない。