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「敬語、やめろよ」

 一瞬耳を疑った。なにを告げられたのかわからず、ぽかんと薺を見返すしかない。

「『友人』なんだろ。なら普通に話せよ。さん付けもしなくていい」

 はめられたのだと気づいたのは、にやにやと笑う薺の言葉が確信的なものだと理解してからだ。
 上手く誘導されてしまったことにはっとした鳩は、慌てて軌道修正を試みた。

「……む、無理ですって。………敬語じゃ、いけませんか?」

 薺と鳩は、本来ならこんな風に肩を並べて会話することすら許されない立場にある。それなのにその上タメ口をたたくなど、できる筈がない。親しいとは言え立場は弁えなければ、薺は勿論結斗にも迷惑をかけることになるのだ。たとえ本人の意向でも従うわけにはいかなかった。

「――昔は」

 と、その時。薺がどこか遠くに思いを馳せるように――懐かしむように目を細めた。口元は浮かぶ笑みは酷くやさしく柔らかい。鳩は一瞬、なにを考えていたかも忘れてその微笑に見入ってしまった。ただドクン、とやけに大きく心臓が脈打ったことだけを感じて。
 だから薺が言いかけた言葉にも、反応が遅れた。

「昔は『薺』って呼んでたんだぜ」
「――え?」

 薺は今なんといったのだろう。
 ――『薺って呼んでた』。
 ぼんやりとした頭で何度か反芻してようやく意味を理解することはできたものの、どんなに思い返してもそんな記憶などまったくなく、鳩は困惑するしかなかった。

「俺、そんな失礼なことしてたんですか」

 確か薺と初めて会ったのは十になったくらいの頃だった気がする。ある程度分別はついていた筈だが、何分子供の頃のこと。つい生意気な口をきいてしまったこともあったのかもしれない。
 幼い頃の失態を知らされたような恥ずかしさを感じた鳩は、苦笑いを浮かべて薺を見やった。

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