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「……やだ。ねる……」
「おまえ今寝たら夜まで起きないだろ」
「……うー……」
「――ったく」
あー、だとかうー、だとかしか返事が返ってこなくなった結斗に、鳩は「仕方ねーな」と嘆息した。
「ならせめてブレザーぐらい脱げよ。ゆーい、ほら手ーぬけ」
こうなるともう梃子でも動かないのだ。
諦めた鳩は、せめて…と制服の上着のボタンを外し、横向きに丸くなった結斗の腕を抜いてやる。それから上着を抜き取ろうと結斗の背に手を回した時、「鳩……」と結斗の呟く声を耳にした。
寝言のようなそれになにかと思い手を止めれば、続けられたのは真剣な、それでいて聞き逃しそうになるほど小さな声で。
「――これから、よろしくな」
なんに、とは勿論訊く必要のないことだ。
寮生活のこと。学園生活のこと。選定戦のこと。これから、この学園で生じるすべてのことを共に歩む鳩に対する、結斗からの改まった言葉である。
彼が先程から顔をベットへと伏せているのはきっと、照れて赤くなった頬を隠すためなのだろう。それがわかってしまって、じっと身動ぎもせず寝たふりをする結斗に、鳩はふっと微笑んだ。
「俺も。よろしくな、結」
脱がした上着をハンガーに引っかけそっと布団をかけてやった時には、本当に眠ってしまったらしく寝息が聞こえてきた。
これまで戸惑いなど微塵も感じさせず普段の彼らしくあり続けた結斗だが、結斗なりに新しい生活を不安に感じているところがあるのかもしれない。
くしゃり、とその幼い顔にかかる髪を撫でた鳩は、おやすみ、と心の中で呟いた。
「――さてと」
そしてだ。鳩はくるりと身体を翻し積まれたダンボールと向き合うと、
「やりますか」
意気込むように告げ、最上段のそれへ手を伸ばした。