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「いてはいないけど『見ていた』からね。教室でのことも、食堂でのことも」
「……どういうことだよ」
勿体ぶったような樒の言い方に、結斗がムッと眉根を寄せる。
そんな結斗に対し、また一つクスリと笑みを漏らした樒は幾らか空気を和らげて、だがしかし変わらない真面目さで話し出した。
「君達に理解して欲しいのは、俺に寮監たる所以の――『監視者』の系統能力があるってことなんだ」
「……『監視者』?」
目を細めて聞き返す結斗に、樒がそうだよ、と頷く。
「俺の能力は、離れた場所を『見る』ことができる。まるでその場にいるかのようにね」
「――!?」
「勿論制限はあるけど、この学園の敷地内なら大概『見れる』よ。……そしてね、俺の仕事は学園全域を『監視』すること。――つまり君達がどこで規則を破っていようと、すぐにわかるってわけだ」
と、樒がまるでなにかを救い上げるように、右手をすっと前に出した。
するとその掌の上に光が生まれ、形作っていく――
(――……っ!)
そしてそれは、掌サイズの球体となったのだが。
(…………か、かわいい)
なぜかだ。その球体には目と鼻と口がついていた。しかも小動物を連想させる可愛らしい顔で。鳩は思わず、まじまじと見入ってしまった。
「これが俺の『目』だよ。朝昼夜関係なく常に数匹巡回させてるから、逃れることはできないと思ってね。――だからみんな、規則正しい学園生活を送ろうね」
最後の言葉は、おそらく決まり文句のようなものなのだろう。
棒読みで言い終えた樒は、「はい、終わりでーす」と途端にだらしなく目尻を下げ、ふぅっと一仕事したという風に息を吐いた。そして苦々しい顔をして、
「これわからせとかないとさぁ、深夜勝手に部屋を抜け出したり隠れておいたしちゃう子が多いんだよね〜」
そうぶつぶつと、愚痴るように呟いた。
――どうやら、それが本題だったようだ。
こうして新入生を呼びつけているのは寮生活の説明をするためではなく、自身の能力を披露しその性能を理解させることで、違反行為をしないよう牽制するためだったらしい。
『寮監たる所以』。確かにこれほどまで監視に適した能力はないだろう。
いい加減そうな人にみえたのだが、意外に仕事は真面目にこなしているようだと見直しかけたその時。再び、樒がにへらとした締りのない顔でこちらを見ているのに気づいてしまった。
「あ、でも鳩くんならいつでも夜這いに来てくれておっ――ぶふっ!!」
「三メートルぅ!」
スコン! と。
勢いよく身を乗り出しかけた樒の額に、結斗の投げたなにかが見事ヒットした。
のけぞるように後ろへとひっくり返った樒の傍らには、ドスンと鈍い音と共に分厚い本が落下して。
「鳩、帰るぞ」
立ち上がり後ろを振り返ることなく出口に向かって歩き出した結斗に、鳩と薺が即座に従ったのは、言うまでもないだろう。