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「基本的なことは、この冊子を読んでもらえばわかるからね〜」

 距離にしてジャスト三メートル。結斗の目測の元、空けられた鳩達と樒の間にある空間に置かれたのは、厚さ数ミリ程度の冊子である。
 『冊子を読んでもらえばわかる』と、口頭での説明はしないという樒に、まさかこれだけのために来なければいけなかったのかと思わず訝しんでしまった鳩は、「で、本題はここからなんだけど、」という言葉に居住まいを正した。
 と同時に、樒の纏う空気もすっと真剣なものに変わり――

「――浅霧薺くん。君は教室で十埜尚樹という生徒と争ったよね」

 突然、脈絡なくそんなことを切り出した。

「破壊された蛍光灯の破片から友人を守るため物を『移転』させた。そうだよね?」
「………ああ、間違いない」

 てっきり寮生活においての説明があるとばかり思っていた鳩は、なんの関係もなさそうな話題を口にする樒に疑問に思う。と、どうやら不審に思ったのは鳩だけではなかったらしい。
 「なぁ!」と、焦れたように結斗が声を上げた。

「なんでそんなこと訊くんだ――」
「間崎結斗くん。君は食堂で鞍眞くんと争ったよね。『可愛い』って言われたのに腹を立てて」

 だが、まるで結斗が横槍をいれるのを見越していたかのように、今度は結斗へと矛先が変わった。結斗も少し面食らったようで、「っ!」と息を飲み込む。
 そこでふと思った。
 食堂でのことはまだそんなに時間は経っていない筈だ。それなのにその情報を知っていたということは彼もあの場にいたのか、それとも何らかの情報網があるということだろう。
 何気なくそう思った鳩は――そこではっとした。なにかがおかしいと。
 彼はやけに、知りすぎていないだろうかと。

「だったらなんなんだよ! さっきから関係ないことばっかり言いやがって、」
「結斗、待て」

 呼び止めたのは薺だ。結斗は少し驚いて、「んだよ」と不満そうに呟き口を噤む。
 と、薺は続けた。

「おかしいと思わないか。樒寮監が言っていることは『正し』過ぎると。あの場にいた者しか……いや、俺達しか知りえない筈のことを知りすぎている。まるでずっと俺達の傍にいたかのようにな」
「――っ!?」

 やはり、感じた違和感は気のせいじゃなかったらしい。
 視線の先では、樒がクスクスと楽しげに笑っていた。


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