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(だいふ飛んだなぁ……)
見間違いじゃなかったら、今樒を蹴った足は二本あったような――
いや、ともかくだ。先程より数倍増しの威力で蹴飛ばされたのは間違いないだろう。
「薺! てめぇもどさくさに紛れて鳩に触ってんじゃねーよ!」
「おまえの動作が乱雑だからな。下がらせないと危ないだろう」
少し後ろに引き寄せられたのは、薺が庇うように肩を引いてくれたからだったようだ。
なぜか睨み合う結斗と薺の向こうでは、「いててて〜」と呻きながら、樒がのっそりと身体を起こした。
「ちょっと手ー握っただけなのに〜。酷いなー」
さすが寮監といったところだろうか。
結斗……の容赦ない蹴りを食らってなお立ち上がれるとは、かなりタフである。彼もまたかなりの実力者なのだろう。呑気にも、鳩は思わず賞賛してしまった。
「ちょっと、じゃねーよ! あんたもう鳩に近づくの禁止! 半径三メートル以内に入ってくんな!」
「鳩? 鳩くんって言うんだね〜。可愛いね」
しかもだ。結斗の言葉をするりとすり抜けてくるあたり、手ごわいかもしれない。
ふらふらと徐々に近づいてくる樒に、なんだかぞくり、と背筋が粟立った鳩は慌てて「あの!」と声を上げた。
「掃除は三人でしたことですし、俺、全然家庭的じゃないですから」
さすがにこうもあからさまに熱の籠もった瞳で見つめられれば、自分がどういう対象として見られているのか……わかる。
だがそれはきっと、箒を手にしていたのが自分だけだったのが悪かったのだろう。その所為で樒の目に留まり、好みのタイプだと勘違いされてしまったのだ。誤解は解かねばならない。
というか、解かないと身の危険を感じる。
そう悪寒を感じて、だがはっきり伝えたのだからこれで大丈夫な筈だと、ほっと安堵の息を吐こうとしたその時――
こちらを見る樒の瞳が、熱が冷めるどころかやけにキラキラと輝いていることに気づいてしまった。