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年の頃は二十代後半といったところだろうか。
眠たげに垂れた目にしわだらけのシャツを着た、いかにもだらしがなさそうな風貌の男である。
「どーも、寮監の樒です」
だが、やはり彼が寮監らしい。
樒と名乗った男は、「なんだか恥ずかしいとこ見られちゃったね〜」と間の抜けた口調でへらへらと笑った。
と、そこで。
「あれ? なんか痛いかも……?」
明らかに結斗が蹴った部分を見て、不思議そうに首を捻る樒に、鳩の心臓はドキリと跳ねる。だが深く考えることなく「寝違えたかな〜」と呟く彼に、申し訳なく思いながらもほっと胸をなで下ろした。
――のも束の間。
樒の口からは再び、二度目の「あれ?」という声が漏れ、
「ここ、どこ?」
今度はきょとんと、周囲を見渡して首を傾げた。
――どうやらだ。
様変わりし過ぎていて、ここが自室――寮監室であることがわからないらしい。「……俺、自分の部屋にいなかったけか?」と、不思議そうに呟いている。
そんな樒の様子に、鳩は戸惑った。
掃除したことによって、良く言えば見違えほど綺麗な部屋になったのだが、全ては本人の了承なしに勝手にしてしまったこと。もしかしたら散らかっていた方が落ち着く、なんて性癖の持ち主で、余計なお世話だったかも知れない。
急にそんな心配が浮かんでしまった鳩は、手にしたままだった箒(ゴミだめの中から発掘したものだ)の柄をぎゅっと握り締め、「…いや、あの」と口を開いた。
「あまりにも散らかってたから勝手に片付けてしまったんですが……、ご迷惑でしたらすみません」
見た感じ穏やかそうな人に見えるが、寮監というくらいだ。怒らせたら恐いに違いない。
そう思って恐る恐る伝えれば、樒はぱちぱちと目を瞬かせ、
「――よ」
そして次の瞬間。
「嫁においで!」
「へ?」
いきなり、樒に手をギュッと握りしめられた。両手で包み込むように。箒の柄ごと。
樒の動きは俊敏だった。
あっと言う間のできごとだったため、状況を掴めない鳩はただ困惑するしかなく――
「君みたいな子に出会えるのをずっと待ってたんだ。黒髪でキュートで家庭的! まさにドストライ――ぶふっ!!」
「「鳩から離れろ(やがれ)」」
これもまた本日二度目である。
蹴り飛ばされた樒は綺麗な孤を描いて落下し、転がって壁に追突した。