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確かに――確かにだ。
現在の理事長である叉木坂の当主と、年の離れた兄弟である叉木坂春は理事長に顔が利く――レベルではなく、溺愛にも近いため、彼がお願いすれば二つ返事で了承が得られることは間違いない。
だが、冬夜はその鼻っ柱を殴り飛ばしてやりたい気持ちになった。
それはただの屁理屈だ。尻拭いをするのは誰なのかを考えない、自分勝手な幼稚な発言。
――いや、違う。
やることなすこと傍若無人ではあるが、彼は――鞍眞は馬鹿ではない。
倫理などわかっていて、それでも自分には遵守する必要などないと突っぱねてしまう、根っからの『俺様』なのである。
だからこそ、質が悪かった。
「……そう言えば叉木坂は一緒じゃないのか?」
詫びれのない不遜な態度でふんぞり返る鞍眞に、これ以上言っても仕方がないと嘆息した冬夜は、そこでふと、鞍眞と同じく入学式で仕事をしていた筈の叉木坂が、まだ戻って来ていないことに気が付いた。
「知らねーな。後片付けでも手伝ってんじゃねぇのか?」
「ああ」
鞍眞の言葉に、冬夜も彼ならあり得るなと頷く。
叉木坂春は、王冠の者に珍しく奢ったところのない素朴な少年だった。
内面もさることながら見た目も平凡な彼は、王冠や生徒会という肩書きを自分には不相応だと思っている節があり、控えめな性格である。だから『後片付け』という雑用にも進んで協力していそうだと、納得できてしまった。
「そっちこそ赤来はどうしたんだよ。またさぼりか」
と、もう一人いる筈の者――生徒会執行部会計である赤来未狼がいないことに気付いた鞍眞が、大して興味もなさそうに告げた。