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「どう? 今夜――」
「赤来ー、おまえはもう帰っていいぞ。つうか教師の目の前でナンパすんな」
――と。
十埜が去った後、薺と話していた夏帆谷が(きっと詳細でも尋ねていたのだろう)、赤来の悪事を目ざとく見咎めた。またか、という風に、こちらを見ながら呆れたように嘆息している。
「え〜、自分はお盛んなくせに厳し過ぎ〜」
「俺はいいんだよ。大人だからな」
そんな風に、一言二言不平を述べた赤来だが本気で言っている訳ではないらしい。
その口調はひたすら軽く、元より教師に――夏帆谷に逆らう気もなかったようで、「じゃ、またね〜」とひらひらと手を振るとあっさり去っていった。
『またね』という言葉に、思わず鳩と結斗が眉を顰めてしまったのは仕方がないことだっただろう。
「――大丈夫か?」
そう言って近寄ってくる薺に頷き返しつつ、結局結斗の動揺はなんだったのかと思い「結?」と呼びかけてみたのだが、返って来たのはまたも「なんでもねぇよっ」という返事で。
拗ねたようにそっぽを向く結斗に更に問いかけようとしたが、夏帆谷の着席を促す声に遮られ、理由は聞けず終いになってしまった。
「――今後の日程については以上だ。何か質問のある奴はいるか?」
長々とした説明を終え、『質問のある奴は』と問う夏帆谷に、今はもう誰も声を上げる者はいなかった。
『今は』というのは勿論、これが二回目の質問タイムだからである。
一度目は最初に始まった自己紹介タイムの時。
『何でも聞いていいぜ』と言った夏帆谷に対し一部の生徒達が質問攻めを始め、その時に聞きたいことは全て出尽くしたようだ。
『恋人はいるのか』とか『何歳なのか』とか『好みのタイプは』だとか。学園に関係のない、色めき立った内容ばかりであったが。
さすがにもう思いつかないのだろう、皆静かに椅子に収まっていた。
因みに黒板にでかでかと書かれているのは『夏帆谷彰』という、鳩達の担任教師である彼のフルネームである。