微笑む河合


暖かい日だった。
曽良が呟いた一言はいつも通り静かで淡々としたものだったけど、曽良は何かに流されて決断するような人じゃなかったからきっと私が止めても意味が無いことは分かっていた。曽良は自分が決めたことは必ずやり遂げる。だから私は何も言わないで黙ってお団子に口をつけた。風の気持ち良い暖かい日だった。何か言いたいのに上手い言葉が出てこない自分を初めて恥ずかしいと感じた。私も芭蕉さんの傍にずっといたら、少しは曽良と同じ目線に立てるのだろうか。
とか考えてたらシカトをするなと曽良に叩かれた。

行かないで、なんてかわいいことは私には言えない。だからせめてそれまで曽良と過ごした時の思い出で我慢する。曽良と一緒にいた時の楽しかったとか面白かったとかいう気持ちを糧に日々を送る。
行かないで。寂しい。なんてかわいいことは私には言えない。思い出を胸に頑張るよ。



「頑張れなかった」
「……」

うわ出たよこの冷めた目!曽良のこの目は本当に凶器だね。芭蕉さんだったら2回は死んでたんじゃないだろうか。

「いやー、やっぱり女の一人旅は大変だね!疲れるし物騒だし遠いしでもう足パンパン!パンパース!」
「あなた自分のこと女だと思ってるんですか」
「当たり前だよピチピチだよ」
「…、どうしてここにいるんです」
「だから一人旅してきたんだって」
「なんで僕のいる場所が」
「ああ、私芭蕉さんと文通してんだよね。文通友達ってやつ!仲良し!で、次は清風さんとこ行くって書いてあったからよっしゃ追いついてやろーつって足がパンパンな訳」

芭蕉さんと文通辺りから曽良の纏う雰囲気が豹変したけど構わずに喋ってたらもうなんか大変なことになってる。オーラが。なんていうか…氷?氷の女王的な?表情はいつもと変わってないように見えるけど絶対零度のオーラを出す曽良を前にさすがにちょっとちびりそうになる。

「だ、だって、寂しかったんだもん。曽良との楽しいとか面白いとかそういう思い出で寂しさを紛らわそうと思ったけど、私が一番楽しいって思うのは曽良が傍にいる時だから、それならもう行っちゃえーって思…て…」

やばい。
私もう殺されるんじゃないか?曽良が微動だにしないよもう怖いよ。曽良に会いたくてここまで来たけど正直超怖え。

「あなたは…」
「…な、なんでしょう」
「あなたは本当に、…馬鹿ですね」
「…!」

わ、笑った…!曽良が!旅に出る前に餞別にと思って芭蕉さんに事前にリサーチしておいた曽良が喜ぶっていうマーフィー君の人形(手作り)を渡した時もにこりともしなかったあの曽良が!
なんだこのイケメン…

「全く…一人で旅なんかして何かあったらどうするんです」
「ごめんなさ…」
「だから今日から、いえ今からあなたは片時も僕から離れないでください」
「ご、ごめ……ん?」

言うだけ言ってスタスタ歩き出す曽良。ぽかんとして動けないでいる私。ん?んん?今なんかものすごく…素敵なこと言われたような!ああもうやっぱり私ではこんな時に良い言葉が見つけられない。後ろの遠くの方から芭蕉さんの声が聞こえてくる。酷いよ曽良君僕を池に落としておいて先に行くなんてとか言ってる。芭蕉さん池に落ちたのか。池に落ちた芭蕉さんの傍で私も色々学んでいこうかな。分からないことが沢山あるけど取り敢えず今私が一番すべきは曽良の後を追いかけて隣を歩くことだってことくらいは分かるよ。

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