青春する安田



「さき」

「…あ、起きた?」

「おう。…わり、寝ちゃって。待っただろ?」

「大丈夫だよ。これ読んでたから」


これ、と言ってさきが俺の方に見せた表紙には有名なタイトルが書かれていた。確か本好から借りたとか言ってたっけ。俺はあまり本を読む方ではないから内容はぼんやりとしか知らない。
さきはその文庫に栞を挟み、ぱたと閉じると隣の机に置かれている自分の鞄にしまった。前の席の椅子を俺の席の方へ向けて座っているさきと俺はすごく距離が近かった。突っ伏して寝ていた俺は机の上で組んだ腕に頭を預けたまま、目だけでさきを見遣る。てっきりすぐ帰るのかと思っていたが本をしまってもさきは座ったままだった。


「……」

「ん?」

「帰らねーの?」

「んー、…」

「?」


にこにこ、という擬音が似合うような明るい笑顔を浮かべるさき。いつも思うけど女の子の笑う顔ってこんなにかわいいんだな。というよりもさきだからかわいいんだろうけど。
それにしてもさきは何がしたいのか。何をするでもなく俺の顔をじっと見つめている。そろそろ恥ずかしいから目をそらそうと顔を上げようとした時、前髪にふわりと重みを感じた。さきは細い指で俺の前髪を、まるで何かを確かめるように慎重に優しく触る。鋤くようにさらさらと指を動かすさきはあっけにとられている俺に構うことなく口を開いた。


「安田君」

「…どうした?」

「へへへ。…なんでもない」

「なんだそれ」

「ふふ、実は髪触ってみたかったんだ。意外と柔らかいんだねえ」

「どんな剛毛だと思ってたんだよ」

「あはは」


さきの声が俺はすごく好きだった。甘過ぎるんじゃなくて涼やかな、さらさらと降るように俺には聞こえる。他の奴らはこんな綺麗な声を知らないのかと思うけど、この声の良さは俺だけが知ってれば良いとも思う。夕焼けが差し込む教室の中でさきの黒い髪がほんのりと赤く光っていて、それがあまりに綺麗で少し緊張した。俺の前髪を撫でるさきの指を壊さないように絡め取って、帰ろうかと言った。

運動部の掛け声が響く中で手を繋いで二人で一緒に帰った。隣でなんてことのない話を楽しそうに話すさきを見て、俺もあの本を読んでみようかなんて柄にも無いことを考えた。

本を読むさきをこっそり見ていたくて少しの間寝たフリをしていたのは俺だけの秘密。




10.06.25
委員会の彼女を待ってる間に寝てた安田



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