坂田に迫られる
今最も嫌いな人間といえば迷わず坂田銀時の顔が思い浮かぶ。名前どころか顔が浮かんでしまったことにすら嫌悪してしまいそう。思えば1年の時に同じクラスになってしまったことが私の不幸の全ての始まりであって、まともな会話をした記憶も無いのにやたらと絡んでくる彼を嫌いになるのにそう時間はかからなかった。目が死んでる、常に覇気が感じられない、だらしがない、隣にいる女の子が見る度に変わってる、嫌いなところを挙げればきりが無い。むしろ嫌いなところしか浮かばない。元々あまり人を嫌いになることが無い私だが彼だけは唯一の例外、ということになる。
以上のことをまとめて言うならばただ一言、お近付きになりたくない。これに尽きる。
のに。
「やっと掴まえた」
「………」
今のこの状況は何なんだ。時は放課後、場所は図書館前の廊下。
何回瞬きをしても目の前にいるのはまごうことなき坂田銀時その人である。彼はいつものようににやにやといやらしい笑みを浮かべている。目だけを左右にやり誰か人がいないかと探すが残念ながら放課後のこんな時間まで図書館で読書をしようなんていう物好きは私しかいないらしく、なんとも静かな廊下が私に逃げられないんだぞ、と現実を見せつけてくる。
「残念だなぁ、逃げ道が無くて」
「…全くだわ」
逃げられないで困っている私を見てなのか、この状況自体が楽しいのか依然にやにやしたまま。彼の両腕は私の顔を挟むように背後の壁へと伸びている。私より幾分か高い位置にある彼の顔を下から睨む。こんなにまじまじと彼の顔を見るのは初めてのことだけど、意外と整っていると思う訳もなくやっぱりこのいやらしい顔が嫌だなと改めて思うだけだった。あからさまに睨む私も気にすることなく、楽しそうに、それでいていつも耳に入ってくるようなどこか覇気の無い声が降ってきた。
「お前さー、俺のこと避けてるよね」
「どころか嫌いよ」
「はっきり言うね」
「嘘吐くのは苦手なの」
「良いね」
もう一度言うが、何なんだ。こんな状況を作り出した彼の考えが全く読めず更に苛立ちが募る。ああもう、早く離れて欲しい。
「じゃあ俺が早川を好きだって言ったらどうする」
「は、」
開いた口が塞がらない。何を言われたのか理解する為に頭を働かせていると坂田は私の髪を掬い、触れるだけのキスをした。
「な、何言っ…」
「さき」
は、とした。いつの間にか彼の顔から笑みが消えている。普段は死んだように濁っていた目がぎらぎらと、目の奧から強い光を放っているように見えた。まるで獲物を捕らえた獣のように。
「気持ち悪い冗談はやめて」
「冗談じゃねえ」
「…い、いつも色んな女の子といるんだからその子たちと付き合えば」
「あんなん勝手に寄ってくるだけだ」
「私は貴方が嫌いなの」
「いいや。すぐ好きになる」
好きだ。真剣さを帯びた声が空気を震わせる。この男は誰なの。こんな真剣な声、まっすぐ射抜くような瞳。すぐにでも拒否をすれば良いと思う頭とは裏腹に体は全く動かない。坂田はくっ、と喉で笑って
「顔赤いけど」
「!!」
「嘘吐くのは苦手、なんだっけ」
そう言って妖しく弧を描いた彼の唇が私の唇に重なるのを私が受け入れてしまったのは確かな事実なのである。
誘うワンダーランド
もう逃げられないよ