江戸だった。
そこはまさしく江戸だった。
いつものように配達をしようとしていた青年が、いつものように運転していたトラックから降り、荷台に向かう。そして開け、ごろごろと沢山の段ボールに包まれている荷物の中に、いれた覚えのない小さく真っ赤な包みをひとつ見つけた。
「…?」
なんだろう、そう思いながらも荷物を掻き分けて赤い包みを手にとってみる。二十センチメートルほどのそれに、宛先も名前も書いていない。ただ、孤立している五百円切手が貼ってあった。
それが、更に謎にさせている。頭の中に何度もはてなを浮かべ、暫くした後好奇心が湧いてきたのか、包み紙をベリッと勢いよく破った。出てきたのは包み紙と同じ色をした箱だった。
揺らしてみると、ガサガサと音がする。その箱の蓋をとってみると、中には沢山のあめ玉がはいっていた。
「……」
一つ取り出してみると、普通のイチゴ味のキャンディとして充分通用するような、平凡すぎる飴だった。
青年は、ごくりと生唾を飲んだ。食べたい、でも食べてはいけない。そんな思い同士が戦い、三秒で勝ったのは食べたい、の方で。
飴を包んでいるアルミ製の紙をあけようとして、一緒にトラックに乗っていた熟練の男性に「遅い!」と怒られた。そこからの青年の行動は早かった。
急いで箱を隠し、その際に数個飴を取り出してポケットにいれ、トラックの目の前にある家に届けるはずの荷物を一瞬にして取りだし、走ってその家に向かい、チャイムを鳴らした。

「お届け物です!ーーー」




♯♭




アルバイトを終えた青年は、ふうとため息をついた。今はトラックから降りて、荷物がわんさかとある部屋のロッカーの前にいる。その周りには五人、仕事服から私服へと着替えるためにロッカーを漁っていた。青年もその中の一人だった。
仕事服を脱ぐために、ポケットになにか重要なものはないか探していると、すっかり忘れていた飴玉が丁度五つ入っていた。ふと蘇る記憶、青年はぞくりと肩が微かに揺れるのを感じる。
「せ、先輩がた」
着替えの途中である五人に話しかけた。ほんのちょっとの悪戯だったのかもしれない。
なんだ?と訊ねてくる青年の先輩たちに、すっと差し出す真っ赤なアルミ製の袋に包まれたキャンディー。
「イチゴ味のキャンディーか、あとで食うわ」
そう笑って受けとる先輩に青年は大声をあげた。
「今、食べてくださいっ!」
その声に、ぴたりと体を停止させる先輩たちは、一度顏を五人で見合わせて、苦笑した。
「しょうがないな」そう言いながら袋をゆっくりあけていき、でてきたのは透き通るような美しさを持つキャンディー。素直に言えば、とても高級そうで美味しそうだった。
それを躊躇わずに口にいれていく先輩たちは、「なんだ、これ?」口に含んだあと、すぐに不振そうな顏をした。
「辛いし酸っぱいし苦味もあるし、不味いぞこっ…あ?」
不満を言った先輩の一人が、異変に気がついた。急いでキャンディーを口から出そうとする。が、尋常じゃない早さで飴は溶けていき、最後に残ったのは身体中がギシギシと成長期のように唸り、意識が朦朧としつつも無意識のうちにロッカーを無差別に素手で破壊していく。果てしないほど強い力である。
青年は最初は呆然していたが、先輩たちが目を充血させたように赤くさせ、化け物みたいな力で物を破壊し、さらにはお互いがお互いを殺そうと暴走しているのを見て、逃げ出すようにへっぴり腰を背中で押さえつつ走る、走る、走る。そのあと、先輩たちがどうなったのか青年は知らない。
ただ、キャンディーよりも黒っぽい赤が、いくつも見えたので死んでしまった者もいたかもしれない。自分のせいで。そんな罪悪感が残っていた。


翌日


銀時はいつものように布団から起き上がり、とても寝巻きから何着もある服に着替えていた。たっぷりを時間をかけて、着替え終わった銀時は寝室から居間に向かう。
まだ神楽は寝ているんだろうな、新八は朝食を作りに来ているのだろうか。そう思いながら頭を掻く。のそのそと亀のようにのんびりと歩いている。すると、ジリリリと電話が鳴った。
「んだよ…」
めんどくせぇな、そうぼやいて歩くスピードを速める。神楽がもしもこの音で起きてしまったら、電話を破壊されるかもしれない。
想像をしてぶるりと身体を震わす。そしてたどり着いた居間にて、五回目の着信音がなり終えたあと、ようやく電話を取った。
「もしもし、万事屋銀ちゃーーー」「助けてくれ!!!」
ん、を言い終わる前に電話の相手が叫んだ。まるで化け物に襲われているかのような、今にも涙が溢れそうな弱々しく、しかし強い声。銀時が不振そうな顏をしたが、すぐにだるそうな表情に戻った。
「迷惑電話はやめてくれませんーーー」「助けてくっ!!」
またもや銀時の言葉を遮り助けを求めた電話の相手だったが、その相手も言葉を最後まで言えずに苦しそうな呻き声をあげた。すると、銀時がびくりと眉をあげる。嫌な予感がした。
もうすぐ、この相手が死んでしまうかもしれない。そう感じた。急いでおい、と何度か尋ねてみたが、返事はなく、まるで野犬のような気持ちが悪い声が遠くで聞こえた。
「………」
そのまま三十秒したあと、電話は切れた。銀時は悲しそうに電話を置く、と、丁度居間の押し入れから神楽が起きてきた。眠そうに目を擦っている。
「どうしたアル?」
問い。それに答えずに黙って、隠し持っていた酢こんぶを神楽に差し上げた。すると、目を無邪気に輝かせて奪うかのように受けとった。もしゃもしゃと五本一気に、しかし味わうように咀嚼していく神楽をみて銀時はため息をついた。
このまま平和がいいんだけどな、そう思う銀時だが、現実は甘くない。渋柿をそのまま食べてしまうほど、世界は、現実は苦いものとなる。

その日の午後、異様に周りが煩いと感じる銀時は外に出ようと玄関の戸を開けようと手にかけたが、今朝の電話の中で聞こえた野犬のような呻き声を聞いてピタリと停止した。
「こりゃ、やべえな」
声が漏れる。銀時は顔に焦りをみせていた。そういえば、新八が来ていない。どうしたのだろう、心配を少しだけして居間に戻る。すると、むわりとした異臭が漂う中、神楽と定春が人の形をかろうじてしているものの、目は充血させたように赤い、口からはだらしなく涎が垂れているゾンビのような物体三体と距離を保ちながら睨み合っていた。
唖然とする。人間のようなモノなのに、人間ではない何かである存在は、漫画やゲームの世界だけだと思い込んでいた銀時は石になったかのように固まっている。二秒後に我に返った。
「なに、これ?」
目を開きながら銀時はがらがらとした声で問う。神楽がその声を聞き取り、定春と『人間だったモノ』と睨みあいながら「判んないアル」と答えた。
人間だったモノと、見つめあっていた神楽は、ダッシュで近づき渾身の力を込めた蹴りをした。風を切る音と共に、一体のモノが吹き飛ぶ。向かい側の壁に練り込むように穴をあけたモノは、ぐちゃりとグロテスクな姿を晒し、何度か痙攣して動かなくなった。神楽の足には、鉄の香りがぷんぷんする赤黒い血がついていた。
「一体目」
無情で言った神楽をみて、銀時はしょうがないなと腰に刺していた木刀を振り上げた。
今度は定春が攻撃を仕掛けた。ゆっくりと襲いかかってくるモノに、尋常じゃないスピードで突進する。モノを轢いた定春はスピードを急激に落とし、轢かれたモノは侵入してきただろう居間の二メートルほどの穴から飛ぶように落ちていった。
「流石は定春、二体目アルッ!」
愉しそうにはしゃぐ神楽に苦笑いを浮かべて、最後の三体目を片付けるべく銀時は木刀を構える。そして光のような速さでモノを切りつけ、なにをされたのか判っていない様子のモノに止めとして二回、縦と横に切った。
ぶしゅり、と血が飛び出す音と、がたりと倒れ込む音が同時に聞こえ、居間の床に染み渡る血の海と死体が一つできた。
「うげ、汚いアル…」
「文句言うな」
血だまりをみて嫌そうな顔をした神楽を、いつものように気だるそうな銀時が面倒臭そうに頭を軽く掻いて言った。


20110316
つづくように努力中なう


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