大小様々な木々がそびえ立つ大きな森にて、十代前後に見える、茶色い髪の毛を自身の肩まで伸ばし、所々植物の色がついてしまったのか緑色をしているがそれでも美しい白のワンピースを着ている少女が、悲しそうにひとつの大木に触れた。
「愛してます」
 か細く発せられた声が、森の中で静かに響き渡る。少女は瞳を閉じ、今にも泣きそうに震えている体を、木に授けるように寄りかかった。
 大木は風に身を任せるようにゆらゆらと葉が揺れるだけ、何も言わずに、なにもしようとせずに揺れている。が、少女にとってはそれだけで充分だったようだ。
「アキヒトさん、わたし…やります」
 少女は先程よりは大きな声だったが、それでも小さい声。その声音のまま少女は「アキヒトさんの為に、元の姿に戻す為に、あの人を殺してきますね。人殺しはまだ二回目なので、上手く痛め付けられないだろうけど、あの人たちを殺してアキヒトさんが人間の姿に戻れるなら―――」
 少女の言葉が終わる前に、台風のように強い風が吹いた。少女は風の強さのあまり飛ばされぬよう体を縮める。大木はそんな中、嬉しそうに揺れ続けた。少女の言葉を待っていた、と言わんばかりに。




 少女は、風が止んだあとアキヒトと言う名前の大木に別れを告げ、森を抜けて少女が住む小さな街に戻った。そして、あまりないお金を使ってジャガイモやニンジンなどを買った少女は、二人でしか住めなさそうなボロボロな家に帰宅した。
「ただいま」
 少女は憂鬱そうな声で言うと、部屋の奥から面倒臭そうに「おかえり」と誰かが言った。少女より声が低かったが、女声だったので少女の母親だとすぐ分かる。少女は返事を聞いてすぐに、汚くなっている台所で買ってきたばかりのジャガイモとニンジンでスープを作り始めた。
 コトコトと小さめの鍋からスープが煮える音と良い香りがする。それを犬のように嗅ぎ付けた少女の母親がやってきて台所の傍にある椅子に座った。
「母さん、できたよ」
 ことり、木でできているスープ用皿にスープを入れて同じく木でできたスプーンを、椅子とセットになっていたテーブルに置く。
 母親は礼を言うわけでもなく、何も言わずにスープを頬張り始めた。少女はそれを無情で見つめる。
 母親がスープを飲み終わったあと、母親は先ほどと同じように何も言わず部屋へと戻っていった。そんな姿を見て、少女は薄く微笑んだ。


 少女の母親が死んだ。
 死因はジャガイモの芽の毒を大量に摂取したと言うなんともくだらないものだった。そんな母親の葬式が昼行われ、少女は泣いた。誰もが悲しんでいるんだね、なんて言っている中で泣いた。しかし、少女は内心喜んでいた。
(苦しめることはできなかったけど、アキヒトさんがもう少しで―――)
「セレナ」
 少女はふりかえる。少し歳のいった男性に名前を呼ばれたからだ。
「なん、ですか?」
 少女、もといセレナは怪訝そうに聞くが瞳には涙をたっぷり溜めている。
「キミは、私が引き取ることになったから」
「………は?」
「たった今、皆で決めたことなんだ。いいだろ?」
 へらへらと笑いながら言う男性に、セレナは背筋がぞくっと気持ち悪い悪寒が襲いかかった。
「考えさせて、下さい」
 セレナは、それしか言えなかった。男性はもう一回ニヤリと笑い、待ってるよとただ一言言ってその場を去っていった。
 かたかたと体を震えさせて、セレナの心が大きく揺れている。セレナが男性に向けた感情は、たった一つ。恐怖なのである。


 セレナはいつの間にか寝ていたようで、葬式は既に終わっていた。セレナの体には毛布がかかっていたので、それを取って立ち上がる。そして背伸びをしてみると、体の痛みが一気に襲いかかる。そんな痛みを感じつつ、アキヒトのことを考え始めた。
(アキヒトさんは、甘えん坊だから…会いにいかないと。…わたしが会いたいだけなのだけど)
 クスリと笑いつつ、セレナは家に帰ってアキヒトに会うために準備をしようと思った。葬式の後片付けなど脳みその片隅にもなく、ウキウキと楽しげに家へ向かっていく。
「愉しげに、何処へ往くんだい?セレナ」
「…………貴方には関係ありませんので、言う必要はありません」
 心底嫌そうに言うと、セレナを引き取ると言っていた男性が苦笑した。
「酷いなあ」
 そんな男性をセレナは無視することにした。アキヒトと会える時間がなくなってしまうから、スタスタと先ほどより早足で向かう。しかし、そんなセレナを、涼しい顔で追いかける男性。
「………なんでついてくるんですか」
「私の趣味だ。気にしないでくれ」
 気にするわ!と、叫びたかった。だが、耐える。耐えなければならないのだ。
 そう自分に言い聞かせて、「サヨナラ」セレナは風に包まれた。男性は、真横にいたセレナが風に包まれたのを、ビックリした顔で見たが、一秒後にはこの世とは思えぬほどの強風に目を瞑った。
 次に、風が止んで瞳を開けた時にはセレナはいなかった。




 アキヒトさん、と震える声でアキヒトを抱き締めるように触れた。アキヒトはざわざわと葉を動かす。セレナはアキヒトと喋れないが、思っていることはなんとなくわかっていたので、その葉が動く音を聞いて嬉しそうに頬をアキヒトにくっ付けた。
「アキヒトさん、やりましたよ…アキヒトさんが恨んでいたわたしの母は、死にました。わたしが殺しました。やったんです…!だけど邪魔な人がいて、どうしましょう…殺していいですか…?」
 返事はなかった。セレナは不信そうにアキヒトを見る。すると、アキヒトは何かに警戒しているようにセレナを自分の枝を何本も使って持ち上げ、葉の方へ置いた。セレナは不思議そうにされるがままだったが、下に聞いたことのある声が聞こえ、身を潜める。
「これか…」
 セレナの大嫌いな男性がそこにいた。アキヒトを見上げ、にやにやと微笑んでいる。
(こいつ…ここまで来たの?!)
 ぞくりと恐怖が襲いかかってきた。足がガクガクと震えてきたセレナを、ゆっくり抱き締めるように枝で覆ったアキヒトは、ざわざわと葉で怒りを表した。
「ふふ、怒っているな。私は君が大嫌いだ」
 アキヒトを古くから知っているような言い方に、セレナは首を傾げた。
(こいつ、アキヒトさんを知っているの?)
 その答えは、誰も言ってくれないのは知っているが、それでも考えてしまう。
「私はね、君が羨ましかった。」
 男性は、悲しそうに悔しそうに話はじめた。


2010 12 29


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