家出兄妹と万屋シリーズ


 ぺろ、と指先をなめる。正確には指先についた生クリームを。うん、甘い。僕は呟いて、上機嫌にスポンジにそれを塗っていった。
 別に祝い事があるわけではない。なんとなく、である。この場合のなんとなくは、あまりの客の少なさに暇を持て余していたところテレビで見たケーキが美味しそうで勢いだけで、という意味だが、いやあ客が増えないようにこんな場所に店を構えたらしいけど、流石にこれじゃあいけない気がする。まあいいけど。

 からん、とドアにつけたベルの音が申し訳程度にこちらに届く。珍しい、お客さん?

「はいはいいらっしゃい」

 ケーキを持って接客に回る。あれ、家出兄妹の兄の方。だよね、記憶力はあまりないけど、こんな美少年と美少女が来ればさすがの僕でも覚えてる。

「こんにちは、先日はお世話になりました」

 にこー、人の良さげな笑みを浮かべて礼儀正しく頭を下げる。なんつーか12歳の鏡だわな、いい子いい子。僕もフードとかでごまかしてるけど、実は13歳だったりする。年齢について触れてくれないのは、女性だからという親切心からなのかそれともこんな職業をやってることに疑問を抱かない年齢に見えているのか。どちらにしろ老けて見えるってことに変わりはないよなあ。なんていうか、なんという、なんてこと。

「こんにちはー、どうぞ座って。ごめんねあんなんしか紹介できなくて」
「それでもあそこを選んだのは僕ですから、あなたが謝ることはありませんよ。なんだかんだ言って気に入ってますし」
「そう言ってくれるとありがたいな」

 僕はケーキとお茶の準備をしつつ受け答えする。この行為について言及がないとこなんかも、できてると思う。

「はい、お手製だよん」
「いいんですか?」

 彼の顔がふわりと和らぐ。マジもうどこの貴公子だ。大厄島のか、うーん、そう考えるとこの少年いろいろ不幸である。同情するな、いいことじゃないけど。

「人に食べてもらうのって好きなんだ。僕一人じゃ食べきれないしね」
「そうですか、ではいただきます」

 あー上品だなあ。ていうかさっきからべた褒めしすぎだろ僕。

「どうかな?」
「美味しいです、とても。都合上なかなか甘いものが食べられないので」

 崩子も連れてこればよかったです、と。
 どうやら僕は崩子ちゃんやらに嫌われてるらしい。ま、仕方ないっちゃ仕方ないけど。

「……そうだね、ありがとう」

 僕はゆるーと笑う。ばれてないかな、なーんて本当滑稽。作り笑いに慣れるって言うのもなかなかよろしくないね。

 それからは特に意味のない会話をして、ケーキの残りをお土産にあげてお開きにした。以下、会話の一部抜粋。

「妹さん元気?」
「崩子ですか? ええ、今日も虫を殺していると思いますよ」
「随分バイオレンスな子だね」
「それほどでも」

 ……こいつ、かなりのシスコンである。ふふ、僕の兄とは大違いだね! 店一個妹に預けて放浪してる兄なんか兄じゃねえ。

「じゃあ、僕はこれで」

 萌太くんは最後まで微笑を絶やさず、店を出ていった。
 作り笑いに慣れるっていうのは、いいことじゃない。でもまあ、それはそれで僕の一部であり

「彼の一部なんだろう、ね」

 うん、やっぱり不幸な少年である。またケーキでもあげようかな。







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