被害妄想症候群
「それでは、僕はこれで」
がたん、椅子を引く音が妙に大きく教室に響いた。課題クリアした生徒は即帰宅できるシステムの六限目、彼はいつも授業前半で帰ってしまう。
また間に合わなかった。
成績には自信のある私でも、彼にだけは勝てなかった。いつも彼が1位で、私は常に2位。どんなに努力しても、勉強している素振りなど全く見せない彼に、絶対勝てないのだ。今までも、今も、そしてきっとこれからも。
はあ、とため息が課題のテストを殴る。解きかけの最後の問題を睨んでから、シャーペンの芯を擦り付けるようにして解答を終える。
「……お疲れさま」
教師に聞こえるギリギリの声量で言う。静まり返った教室から逃げるように立ち去るとき、いつもいつも悪いことをしたような錯覚に捕らわれる。
彼も同じなのだろうか。ふとそんなことを考える。上靴を味気のないスニーカーに履きかえて、そこで気付く。
「、……雨」
どうしよう、全然気付かなかった。傘、ない。校舎を出るのを躊躇う。気付いたらその音は余計大きく、冷たく響いて聞こえた。
「あれ、崩子」
「、?」
あの透明な声が、雨の音の下で揺れた。反射的に校門の方へと視線が動く。
「傘持って行ってなかったので。びしょ塗れで帰ってこられると困りますから」
「ああ、ありがとうございます」
少し遠く、雨の向こうの柔和な笑みを認識した瞬間、それは私の脳を抉る。彼女はきっと、妹だろう。無愛想なようだが、きっと兄を心から慕っているに違いない。兄もまた然り。
私は、彼にはなれない。そう思っていた。でも、彼は私を近付けることすら許してくれないようだ。
一生勝てないだろう。家に帰る頃には、私だけずぶ濡れ。
彼の視線に気付かないふりだけ返して、私は家に逃亡した。
被害妄想症候群(偽物)
つづきますたぶん
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