捌. 杪夏の思い出

 当日、祭囃子と町の人々の笑い声、話し声が混ざって縁日らしさがある。
面をつけた子供たちを見ると、自然と目で追ってしまって苦笑いをした。

「……いるはずがないのにな」

見回りを任せたポッポの報告を聞いて、一息つくために神社へ向かった。
露店はマタツボミの塔に続く道だけで、神社は提灯を飾るだけにした。
片方だけ何も乗っていない土台の隣に立って、そこから見える景色を眺めた。

「君は、この光景を昔から見てたんだな」

夏の夜に輝く景色は普段の夜景と違って見える。
それがなくなってしまい、参拝する人々もいなくなれば寂しいだろう。

「もう少ししたら花火が上がるんだ。あまり本数はないけど、すっごく綺麗なはずだ」

できることなら一緒に見たかった。
懐からセキコの面を取り出して夜空に掲げた。
面をつけて花火を見たら、彼女と一緒に見てる感じになれるだろうか──
面の向こうに見える夜空が切なく見えた。

「──そんな湿った顔をして情けないわよ」
「!!」

聞き覚えのある声。
隣を見上げたら、土台に座っている少女がいた。

「セキコなのか!?」
「何?どう見ても私じゃない」
「だって、君はあの時──」
「……そうね、力尽きて消えたわ。でも、神様は私のようなモノを救ってくださったわ」

セキコが居た土台から下りて、ハヤトの手を握った。

「ほら、ちゃんと姿形あるでしょ?」

重なった手の温もり、確かな存在感。
肌に触れたことで、以前会った時よりもセキコがいるのがわかる。

「よかった……」
「もしかして寂しかった?」
「別にそんなんじゃない」
「素直じゃないわね」

微笑むセキコに頬が赤く染まりそうになる。素直に言えないのは、高まる心音のせいだ。

「だけど、また会えて嬉しいのは本当だ」

ハヤトの青い瞳に見つめられて、セキコはつい目を逸らした。

「その、あまり目を合わせて話すのは慣れてないから…ちょっと、どうしたらいいかわからないから、その面を返して」
「もう少しだけセキコの顔が見たいんだけどな」

消える最期にしか見せなかった素顔。
せっかく会えたし、彼女の顔をもっと見ていたいと純粋な気持ちを伝えたら、セキコの頬が真っ赤に染まっていく。

「ば、馬鹿!そんなこと言う前に面を返してちょうだい!」

そんな表情を見せられるとは思わず、ハヤトの胸の奥が熱を帯びて騒つく。
面を持っていた腕を上げ、セキコが背伸びをして手を伸ばした時に強く抱きしめた。

「面を返したら、また今度と言っていなくなるだろ」
「……っ」

抱きしめてお互いのぬくもりを感じる。
感じたことのないものに困惑しつつも、速くなる心音とハヤトの着物の香りに不思議と心地よさを感じる。

「もう、いなくならないわよ」
「本当か?」
「本当よ。私が嘘をついたことがあるかしら?」
「……確かにないな」
「でしょ?」

ハヤトの腕から解放されて、半顔の面を受け取った。
顔がまだ火照ってるから面をつけたい気持ちがあるけど、何か言われそうだと思って袖口にしまった。

「セキコ。もうすぐ打ち上げ花火が上がるぞ。一緒に見よう!」
「ええ」

石段に腰をかけて、星が輝く夜空を見上げた。
しばらく待っていたら高い音が鳴り、爆発音と共に弾けて鮮やかな花火が打ち上がった。

「……俺、夏祭りでセキコに会ったこと、その名前をつけたことを思い出したんだ」
「やっと思い出してくれたのね。私はずっとハヤトのことを覚えていたわよ」
「ずっと忘れててごめん」
「いいわよ。神社の清掃と夏祭りを復興してくれたから許してあげる」

菊と牡丹が次々と打ち上がる。
昔と変わらず、綺麗な打ち上げ花火。最後に特大の花火が打ち上がると思っていたら、千輪菊が一斉に打ち上がって、セキコの目が輝いた。

「驚いただろ?コガネにいる花火師が用意してくれたんだ」

橙、赤、緑、青──
キキョウシティの空が派手な音を鳴らし、鮮やかに染まる。

「──ハヤトと一緒に花火を見たかったから、嬉しいわ」

打ち上がった音でセキコの声は聞こえなかったけど、花火に見惚れた横顔を見て、打ち上げ花火が成功したことに心の底から安堵した。
打ち上げ花火が終わり、二人は静かに余韻に浸っていたら、石段を上がる音がした。
セキコは袖口から面を取り出していたら、ハヤトが立ち上がった。

「おや、ハヤトさん、そちらの方は?」
「彼女はセキコ。この神社で行われていた祭りを復興させたいと最初に言ってくれた子だ」
「何と…!ここの神主さんの後継者がいなくて、そのまま廃れてしまったことを申し訳なく思っている……」

老人が杖を片手に頭を下げた。
謝られるとは思ってなかったセキコは、目を伏せつつ立ち上がった。

「謝らないで。私はここで廃れていく様を見ることしかできなかったから」
「え?」
「ううん。何でもないわ。さあ、祭りはまだまだ続いてるわよ。たくさん笑って、たくさん踊って、楽しい気持ちで過ごしましょ?」
「そうじゃな。さて、若い者の邪魔してはならんな!」
「ちょっと!」
「セキコとは別にそんな仲じゃ──」
「ほっほっほっ」

微笑ましそうな笑い方をしてそのまま去っていったのを見ることしかできなかった。

「……そんなんじゃないからな」
「何今更照れくさそうにしてるの。さっき私のこと──」

抱きしめたくせに。と言おうとしたら、だんだんと恥ずかしくなって声が小声になっていった。

「とにかく!俺たちも祭りを楽しもう!」

照れ隠しをするのに話題を変えるも、声が張って何も隠せていない。

「貴方が目を奪われたポッポの人形焼きはあるのかしら?」
「もちろんあるさ!……そのことを掘り返してほしくないが、セキコと会ったきっかけだからな。……この思い出も大切に覚えておくよ」
「あら、嬉しいわね」

ハヤトがそのことがきっかけだと思っているがセキコは違う。

「兄様。行ってきます」
「セキコ?どうしたんだ?」
「ううん。挨拶しただけよ」

大空に憧れを抱く真っ直ぐな瞳で見てくれたことがきっかけ。

(ホウオウ様、ありがとうございます。授かったこの命と身体を一生大切にします)

そのことは言わないけど、彼からもらった大切なモノと神様から授かった虹色の羽を胸に抱いて石段を降りた。

二人の夏祭りは始まったばかり。
やっと届いた存在。やっと届く存在。高く飛ばずとも、この地で共に歩くことができる。
お互い照れくさそうに、想いを結ぶかのように繋いだ手を離さずに歩いた。



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