漆.届かぬ空

 子供の頃の懐かしい記憶。
成長して忘れ去ってしまった一夏の思い出。
目が覚めたら、何故か涙をこぼしていて、袖で力強く拭いた。

「……俺は、子供の頃にセキコに会ってるじゃないかっ!!」
半顔の面をつけた少女。それも"セキコ"という名前をつけたのも自分だということを思い出した。

「どうして、あの夏の出来事を忘れていたんだ…!」

半顔の面、夕焼けのような赤髪。
一目見れば、彼女だと思い出すのに十分な特徴なのに、セキコと名乗ってくれたのに、この夢を見るまで全然思い出せなかった。
もう、届かない──いや、最初からこの手が届かない"存在"だったセキコのことを忘れないよう、彼女の面を懐に入れた。

「マツバに連絡しよう。それから──」

ジムリーダーの務めを終えたら、やることがある。
夏が終わるまでに間に合うかわからないけど、やらないと自分が許せない。
ポケギアの電話帳にあるマツバの番号を押した。

「もしもし……どうかしたかい?」
「マツバ。セキコが……消えた」
「……彼女は残っていた力を使い果たしたんだね」
「うん…俺、子供の頃にあの神社でセキコに会ったことがあるのを思い出したんだ。彼女に名前をつけたのも……俺だ」
「そうだったんだね。子供の頃の記憶は抜け落ちやすい。それも関わった相手が相手だからね。力が弱まったら、その出来事を忘れてしまうのは仕方ないことだよ」
「だとしても、セキコは……傷ついてたかもしれない」

"ずっと見てたのよ?ずっと待ってたのよ?"
あの言葉に胸の奥が痛くなったのは、あの夏の出来事を忘れていたからだ。

「セキコは、俺のことを覚えてたと思う」

今思えば、蔵で会ったのは偶然ではなかったかもしれない。
不思議な力を持っているわけでもない。霊感が強いわけでもない。
ハヤトに視認できたのは、過去の繋がりがあったのとセキコの"想い"が強かったからだろうとマツバは思った。

「信仰がなくなって、いつ穢れに呑まれて悪いモノになるかわからなかったから、セキコちゃんは怖かったかもしれないね。だけど、ハヤトくんに会えたことで人と話す機会を得て、正しい力のまま消えれたことは、彼女にとってよかったと思うよ」
「よかったのか……」
「ハヤトくんは彼女の目的を受け継ぐのかい?」
「ああ!いつまでも落ち込んでいる場合じゃない。もし夏祭りを復興して、神社に人が来るようになったら……いつか、セキコが現れるんじゃないかなって」
「………」
「可能性はあるよな?」
「ないことはないよ。でも、すぐに力を取り戻せるわけじゃないし、元の彼女じゃないかもしれない。何年、何十年もかかるかもしれないよ」
「それでもいい!神社のことは俺がやる!」
「僕も手伝うよ。セキコちゃんに協力するって言ったからね」
「ありがとう!それじゃあ」

そう、また会えるなら会いたい。
思い出したことを伝えたい。

「セキコに伝えたいことがあるんだ」

あれから毎日神社の清掃をして、鬱蒼とした雰囲気からだいぶ変わった。
セキコの手持ちポケモンだった三匹も協力してくれたり、マツバが来てくれたりと作業は順調に進んだ。
必要なものを用意して、町の人に声を掛け合って、何年ぶりに夏祭りを行うことが決定した。

「セキコ。夏祭りが始まるから……楽しんでくれないか?」

返事はない。
わかっていても境内で話しかけてしまう。
清掃中に話しかけていたら不思議なことが度々あったから、もしかしたらと思っていた。



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