伍.守りしモノ

 こんなにも近くにいるのに"いない"少女。
この目で"見えた"のは自分とマツバ。
龍笛の音色は聞こえても、町の人は誰一人"セキコ"を見たことがない。

「セキコ、お前……まさか」
「そうね、私はこの神社を守っているモノよ。……ご覧の有様だけどね」

誰も訪れなくなった神社。
時が経つにつれて草木が生い茂り、風化していった本殿。
ハヤトに背を向けて、朽ちて崩れてしまいそうな本殿を見上げた。

「神社の娘と言ってまで夏祭りを復興させたかったのは、今まで起きた出来事を引き起こさない為よ。祭りって、疫病退散や厄除けといった生きる為の願い。それが途絶えてしまったらどうなるか──これでわかったわね?」
「マタツボミの塔にいるゴースたちが襲う、ということか」
「襲うという言い方は少し違うわね。祭りをしたら人々はどんな気分になる?楽しい、嬉しいといった心が踊る。彼らも同じよ」
「楽しみがなくて駄々をこねた…?」
「それも……まあ、そうね。お祭り騒ぎで発散すれば、力を溜め込むこともなく過ごせる。彼らも悪い気持ちを溜め込んだらああなるのよ。人もそうでしょ?」

色々溜め込んだ時は発散しないと息が詰まる。
ハヤトは確かにそうだと頷いた。

「人だけじゃなく、ポケモンも夏祭りを楽しんでいたんだな。それが…いつしかなくなってしまった」

夏祭りの幹事をしていた神主が亡くなり、手入れする者、参拝する者、訪れる者がいなくなって、忘れ去られた神社。

「ずっと見てたのよ?ずっと待ってたのよ?」

セキコの悲痛な思いが伝わってくる。
振り返った彼女の表情がわからなくても、泣いてるように感じて、胸の奥が痛くなった。

「昔、父さんに連れられて長い石段をのぼったことがあった。……多分、あの時が最後の夏祭りだったかもしれないな」
「ポッポの人形焼きに目を奪われてたら父親とはぐれて、半泣きになってたのは覚えてるわよ」
「え」

ハヤトの反応を見て、セキコの口元が弧を描いた。

「今までこの神社のこと忘れてたくせに」
「それは…ごめん」
「貴方だけじゃないわよ。キキョウに住む人、皆よ」

石畳を歩けばブーツの音が響くはずなのに、聞こえてくるのは、風に吹かれた葉が石畳を撫でる音だけ。

「でも、別に恨んでなんかないわ。だって──」

辛うじて木漏れ日があるぐらいの空を見上げた。

「町に来たらキキョウは素敵な町のままだもの。昔から変わらず、懐かしい香りのする町。私が大好きな町」

セキコは後頭部に結んだ紐を解いて、半顔の面を外した。
夕焼けそのもののような少女。
今にも日が沈んで闇に溶けてしまいそうだ。

「こういうモノだから人の子に顔を見せれなかったのよね。でも、いいの」

夕焼けの橙色の瞳にハヤトを映し、優しく微笑んだ。

「──…!」
「最期に思い出してくれてよかった。ありがとう」
「セキコ……?」

面を空高く投げたのを目で追った瞬間──
石畳に面が落ちて、さっきまで居たはずのセキコの姿が消えた。

「セキコ!どこ行った!」

周囲を見渡しても、名を呼んでも、返事をするのは風の音。
落ちた半顔の面を拾って、確かに"セキコ"がいたと思える。
しかし、何かが抜け落ちてるような感覚がこの手にあった。

「……くそ!何でいつもいつも急にいなくなるんだ!」

"また今度"
いつもなら言ってくれたのに今回はなかった。
もう会えないのではないかと思うと、今まで湧かなかった感情が強く込み上がる。

「セキコ……っ」

素顔を隠し続けていたのに、最後の最後に見せた表情が忘れられない。
自分がどんなに高く飛んでも届かない存在。
キュウコンが遠慮気味に面を持っていない手に触れて、小さく鳴いた。

「キュウコン。君は知っていたのか?」

キュウコンは何も答えない。
セキコと同じ橙色の瞳は伏せて、ハヤトの羽織をくわえて引っ張った。

「……知らないわけがないよな。ごめん」

忘れ去られた神社を後にしたハヤトは、長く神社を守り続けた彼女の"願い"を叶えたいと思った。
まず、自分がやるべきことは──
明日の目標を胸に見上げた夕焼け空には、薄く虹がかかっていた。



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