肆.忘れ去られた神社

 マタツボミの塔にいる坊主や住民から昔に行っていた夏祭りの話を聞いたり、当時の写真を見せてもらった。
夏祭りに必要な人数や予算、設備といった内容を紙に書いて、小規模でも行いたいと考えていた。

「町全体じゃなくていい。せめて、神社の周りだけでも──」

"神社"の文字を書いた手が止まった。
ハヤトは肝心の神社の場所を知らないことを思い出した。

「しまった…。そもそも、神社があったことすら忘れていたからな」

外を見たら昼すぎだとわかり、今から探してみようと思った。

「そういえば、セキコが道が危なくなってるから神社に近づかないことって、言ってたが…場所がわからない以上、夏祭りの計画が進まないな」

せめて神社の周りだけ知っておかねば──
そう考えながら、手持ちを1匹だけ連れて、見せてもらった写真の記憶を頼りにマタツボミの塔の裏手にある雑木林を突き進んだ。

「なかなか、道が荒れてるな…」

塔からそう離れていない所に石段へ続く道を見つけた。
足で土や雑草を払い除ければ、草むらの中からマタツボミの塔までの道のりが出てきたから道の整備から始めないといけない。

「これは夏祭り開催の話の前に周囲の整備がいるな。……この先に、セキコが言ってる神社があるのか?」

草木が生い茂って石段の先が見えない。
それだけじゃない雰囲気にハヤトは何か覚悟をするかのように一歩踏み出した。

「……っ」

石段を一段あがる。
また、一段あがるたびに空気が重くなる。
山奥ではないのに、そんな長い石段ではないのに、呼吸が乱れる。
昼間なのに光が届かないくらい鬱蒼とした世界。まるで、キキョウじゃない場所に来た感覚に陥ちる。

「子供の頃に、来た時は…父さんも、一緒だったが、のぼるのに、こんな…苦しく、なかったぞ」

また一段あがる。さらに重くなる足取り。
呼吸を整えながら、ようやく最後の一段をあがった。

「………なんだ、これ」

石段をあがった先にある光景は──

「荒れて、廃墟みたいじゃないか……」

小さな神社ではあるが、鳥居は蔓まみれで両脇にあるキュウコンの像は片方が崩れ落ちている。
奥にある本殿も所々朽ちて、不気味さを感じるほど。

「セキコ……セキコ!いるなら返事をしてくれ!」

こんな状態から夏祭りを復興させようと一人で頑張っていたのか。
それとも、本当はその気がなくて揶揄っていたのか。
目の前の光景と境内の雰囲気に飲み込まれ、どうしようもないくらいに不安な気持ちが押し寄せてきた。

「っ!セキコか!?」

物音がして本殿の方を振り返った瞬間、血の気が引いた。

「な、なんだ!」
「ゲゲゲゲェ」

不気味な声がする大きな影がハヤトを飲み込もうと襲ってきた。

「オオスバメ!エアスラッシュだ!!」

すぐボールからオオスバメを繰り出したハヤトは、エアスラッシュの指示を出した。
しかし、攻撃が当たってもダメージを受けている様子もなく、手応えがあまり感じられなかった。

「グゲゲゲゲ」

その影の中からゲンガーが現れたが、どうも知っているゲンガーとは違う。

「ただの…ゲンガーじゃ、ない!?」

それを肌で感じ取ったハヤトは、次の指示を出すも、ゲンガーはオオスバメを無視してハヤトに襲いかかった。

(間に合わない──ッ)

旋回して戻ってくるオオスバメよりも先にゲンガーがハヤトの前に浮遊して、黒い爪を振りおろした。

「ハヤトッ!!」
「──ッ!?」

振袖の切れ端とともに赤い飛沫が視界の端に入った。
「…っ!セキコ!?」

ゲンガーのシャドークローからハヤトを守るようにセキコが飛び出した。
彼女に突き飛ばされたハヤトが起き上がったら、龍笛筒を突きつけられた。

「何で神社に近づいたん!?危ないから近づかないでって言うたでしょ!!」
「ごめん。どうしても気になったんだ。それより……おい、後ろ!」
「!!」

攻撃が当たらなかったことに不機嫌そうな声で鳴くゲンガーが再び襲いかかってきた。

「──放れなさいッ!!この地をこれ以上、好きにはさせん!!」

セキコとゲンガーの間に眩しい光が弾けた。
ゲンガーが怯んだ隙に、セキコは袖口からボールを一つ取り出した。

「ユキメノコ!お願い!」

戻ってきたオオスバメと共に応戦している間にハヤトは立ち上がった。

「怪我は!?」
「馬鹿!私のことはいいわ!ハヤトに怪我を負わせるわけにはいかないのよ!」
「馬鹿とはなんだ!腕から血を流して……止血するから腕を出すんだ!」
「このくらいの怪我なんて…ちっぽけなものよ」
「え──」

セキコの腕から流れ落ちた血が砂のように消え、袖口についた血も跡形もなくなっていた。

「それよりも、邪心に取り憑かれたゲンガーを鎮めなきゃ。バクフーンもお願い!今は、貴方達だけじゃないわっ」
「俺もやる!セキコ一人で戦わせない!」
「……どうして?人の子が居ていい場所じゃないのはわかるでしょ?」
「ここがよくない場所なのはわかったよ!だけど、そのままにしていいわけがないだろ!」

夏だというのに気温が低く、寒気が止まらない。
そんなハヤトの隣にキュウコンが擦り寄って、長い尻尾が身体を包み込んだ。

「ハヤト、ありがとう」
「礼を言うのはこっちの方だ。また助けられたからな」
「私は人を助け、守ることは当然だと思ってるわ。キュウコンはハヤトを守って。人の子が狙われた以上、私達は戦わないといけないから」
「やるぞ!」
「ええ!だけど、ゲンガーを倒すことや追い払うことが目的じゃないから」
「どうする気だ?」
「ゲンガーに取り憑いたものを祓うわ。戦って勝っても、それだけで終わらないってことよ」

セキコの言葉を合図にバクフーンが動き出した。

「まだまだ飛べるぞ!」

多くの指示を出さないセキコと二匹の動きを見て、バトルの経験が浅いとは言えない。
ハヤトは動きを合わせてオオスバメに指示を出した。
手数の多さでは二人が優位でも、漂う空気はセキコ以外に影響はあった。
それでも懸命に戦い、そして──

「エアスラッシュだ!」

急所に当たった攻撃でゲンガーが地面に倒れたのを見たセキコは駆け出した。

「セキコ!」
「大丈夫よ」

起き上がっても反撃をせずに敵意を向けるゲンガーの両手を持って、セキコは静かに目を閉じる。

「──祓へ給へ、清め給へ。……私が力をほとんど失ったばかりに、大変な目に遭わせてしまったわ。ごめんなさい」

ゲンガーをまとっていたものが徐々に薄れていく。それと同時に敵意も薄れ、解放されたゲンガーはうつらうつらとし始めた。

「……ふぅ。バクフーン、ユキメノコ。この子を町のポケセンに連れて行ってあげて」
「もう、ゲンガーは大丈夫なのか?」
「ええ。一日休んだら回復すると思うわ。キュウコンは、ハヤトを家まで送ってあげて。階段を降りたら日が暮れるし、夜道を一人で歩かせるわけにはいかないわ」

三匹は一鳴きして、バクフーンたちは先に石段を降りていった。
キュウコンの尻尾がハヤトの手を引いて、ここから出ることを促した。

「待ってくれ!セキコはどうするんだ」
「私は…もう、どこにも行くことはできないわ」

少し前に聞いた寂しげな声。その時と違って感じたのは、セキコの存在感が以前よりも薄くなっているからだった。



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